先日、1960年代後半かと思われる、とってもすてきな日本のガールズバンドの映像をみつけました。
勝ち抜きエレキ合戦の­10組目挑戦者チーム、ファイブ・ガールズ!
とはいっても、ドラマの中のシーンで、実在のガールズバンドではないのですけれど、この感じいいですね。
YouTubeのコメントにもありますが、当時、こんなバンドがいたら、と思うと(でも、ドラマのシーンとしてもすばらしいアイデア、演出)。

日本テレビ「青春とはなんだ」第32話「エレキで助けろ」より(1965年)
この映像、貴重ですね。このシーンを選んだ動画者のセンスを称えたいと思います。



ギターの音がいいですね~。ガールズバンドというコンセプトも気に入っているのですが、こちらをきっかけに、テスコ・ギター、とっても気になってます。

テスコ:情報Wikipediaより
「テスコ (TEISCO) は、日本に1948年から1985年頃まで存在した楽器ブランド。テスコの主力製品はギターで、その他、シンセサイザー、アンプなどがつくった」
略史は…
「テスコ・ブランドを創設した「アヲイ音波研究所」は1946年の創業後、二度の社名変更を経て1964年「テスコ株式会社」(TEISCO CO.,LTD)となり、1966年末経営危機に伴い当時の主要取引先だった河合楽器製作所の系列会社となった。以降テスコ・ブランドの開発・製造・販売は、関連会社が協力して継続されたが、1960年代末~70年代前半に関連会社が倒産・解散し、70年代後半~80年代半ばにテスコ・ブランドは消滅した。
その後テスコ株式会社は、河合楽器の連結子会社だった株式会社カワイウッド(1990年設立、2004年吸収合併)に吸収合併された」

テスコは、「勝ち抜きエレキ合戦」をも提供。当時、初めて手にしたエレキギターはテスコという方も多かったという、日本のエレキブームにはなくてはならない存在だったのですね。
「1960年代には世界的なエレキギター・ブームの波に乗って輸出や国内販売を伸ばし、1961年子会社テスコ弦楽器を設立、1964年「テスコ」に社名変更して、当時の日本の代表的エレキギターブランドへと成長した。全盛期の1965年には、テレビでバンドオーディション番組の草分け「勝ち抜きエレキ合戦」を提供して国内エレキブームの牽引役となり、また市場では、「ヤマハが選んだベストブランド」と題したテスコ専用カタログをヤマハが製作して、エレキ内製直前から自社販売網でテスコ製品を販売する程の勢いだった」

映画「エレキの若大将」(1965年)で使われているギターは、すべてテスコだったのですね。

エレキの若大将:当時の予告編



エレキの若大将:加山雄三、寺内タケシ:



「当時大量に輸出された日本製エレキギターは、デヴィッド・リンドレーをはじめとするコレクターに再評価され、90年代ビザールギター・ブームへとつながった」ということで

テスコ・ギターの細部:
趣ありますね。



テスコ、まだ気にしはじめたばかりなので、この程度しか、まだ知識もないく(というかほとんどそのまま、そうなのかぁ、と)、まずは手始めメモ。
これから、誰が使っていたのか、また、このような映画、番組タイアップを気にしていきたいなぁと思ってます。

そういった意味では、「グヤトーン」も気になりです。

チャー、グヤトーン、ギター弾き始めのころの思い出を語る:



[青春とはなんだ、深夜再放送]
おさない頃、夕方4時代ぐらいの青春ドラマ再放送はよくみていたのですが、「青春とはなんだ」は、高校生の頃に深夜再放送されていたのが思い出です(いま調べたら、最後の再放送は1985年とありました)。
このあたり、DVDとか出ていないのですね。また、みたいなぁと思うのですが。
番組主題歌で布施明さんのよさに気づいた第2期でもありです。

(投稿:日本 2011年1月25日、ハワイ 2011年1月24日)


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