こどものころから、なにかというと、ふと、頭によぎる、あのことば…先日も…
「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ~」

ということで、松鶴家千とせさんのこと。

オレが昔、夕焼けだったころ ♪
弟は小やけだった
父さんが胸やけで
母さんが霜やけだった…

松鶴家千とせ:わかんねエだろうナ (夕やけこやけ)
原詞:中村紅雨 / 挿入詞:元木すみお・進しげお / 作曲:草川信 / 編曲:竹村次郎



こどもながら、というか、こどもだからよけに、というのもあったと思うのですけれど。「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ~」、ジャズ的スキャットの「ヘヘェ~イ、シャバダバダディ~、イェーイ」には、テレビでふれてから、大反応。好きだったのですよねぇ。

レコードの発売は、昭和50年(1975年3月25日)となっていますが、この替え歌漫談がヒットとなったのは1974年頃、とつぜんのブレイク。

シングルレコード『わかんねェだろうナ(夕やけこやけ)』は約140万枚もの売り上げだったのだそうですね。ビクターレコード・ヒット賞も受賞。

トレードマークのあごひげとアフロヘアーの松鶴家千とせさん。

このCM映像は、それからだいぶたっての1980年代も後半のものですが、よいですね。。。

松鶴家千とせ:『ゆく年くる年87-88』 CM ひとつは、いい時計



でも、松鶴家千とせさんのことを知ったのは、こどものころだっただけに、どのように、この路線がうまれたのか、ということなど、あまり知らなくて。とにかくジャズ的な雰囲気とかそういうのがお好きな方なんだろうなぁとは解釈していたのですけれど、ずっとそのままで。

このたびは、また「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ~」がよぎったのを機に、関連のことをいろいろとまなんでみることにしました(まずはとっかかり)。

Wikipediaや動画でのインタビューなどからのすこし。

「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ~」の由来:(Wikipedia:松鶴家千とせより)
時代劇ネタの他、ジャジーなスキャットに民謡や邦楽を融合させた独特の和風メルヘンの世界を築き、客を置き去りにする芸を専らとしていたが、自分の芸が通じないボヤキで発した「わかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ~」の苦し紛れのギャグが受けるようになり、1974年頃「ヘヘェ~イ、シャバダバダディ~、イェーイ。俺が昔、夕焼けだった頃、弟は小焼けだった。父さん胸やけ、母さん霜やけ」と哀愁を込めて歌いかける、『夕焼け小焼け』の替え歌漫談で突如ブレイクした。

【USTREAM】 松鶴家千とせ 「タクトの部屋」インタビュー出演(2011年10月20日放送)は約1時間ぐらいとたっぷりなのですけど、いろんなお話きけますね。



松鶴家千とせさん、どんな相手にも「ですます調」で話すというとてもていねいな方なのですね。お弟子さんもたくさんで。そして、いろいろと奥深い方。

世代的な影響や音楽漫才ということもあるのはもちろんですけれど、その後、音楽的な面でもいろいろなその後の層とのフューチャリングもつくづくとなっとくだったりします。

こちらもほんとにかっこいいですね。ビブラストーンを脱退してからのDr.TOMMYこと河野朋久さんプロデュース。
(このアルバム、1995年のもののようですけど、収録ほかもよさそうですね。)

松鶴家千とせ:ボーイ・アンド・ガール(Cross Over Mix)



サザンハリケーンの『目白ロック Song Book~松~』で『千登世橋コズミック・ドライブ』なども。



最近では、2009年にマキシ・シングルで、『サムライ・・・(はるかなる男達) c/w あぁ手賀沼』というものもリリースされてるのですね。



『わかんねェだろうナ(夕やけこやけ』、動画だけでなく、どうしても聴きたくなってしまったので、こちらが収録されてるナンセンス・ソングのオムニバス『ALWAYS外伝~昭和爆笑伝説~』など聴いてみはじめてます:)

おなじみの作品がたくさん。このあたりも折をみてすこしづつ。。

(投稿:日本 2012年4月3日、ハワイ 4月2日)

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