この曲のこと、まだちゃんとまとめ把握をしていないし、こちらにもメモしてないなぁと。きょうは、先日、とってもすてきなアレンジのものにまた出会ったということもあって、『I'm Always Chasing Rainbows』 φ(.. )
『I'm Always Chasing Rainbows』は、ハリー・キャロル作曲、ジョセフ・マッカーシー作詞で、1918年のミュージカル・コメディ『Oh, Look!』にむけてつくられた作品。スタンダードとして、多くのミュージシャンたちによってカヴァーされ、そして、そのものがカヴァーともいってよい、おなじみクラシックをアダプトしたナンバー。
歌詞は、「幸せがまつという虹のはし。いつも夢見て虹をおってしまう。。」というもの(すべてがうまくいっているという訳でもない状況からの目線でありながら)。
ベースとなっているのは、ショパンの『幻想即興曲(即興曲第4番)嬰ハ短調 "Fantasie Impromptu "』。
ちがいは、『I'm Always Chasing Rainbows』は、『幻想即興曲 即興曲第4番 嬰ハ短調 "Fantasie Impromptu "』の変ニ長調への転調部分、複合三部形式のカンタービレの第2パートをとっていることですね。短調部分の緊張がとかれ、すこしほっとしたような広がり感のある歌うような展開に。
まずは、その例ということで。最近であったヴァージョンの『I'm Always Chasing Rainbows』とせっかくなのでかわりヴァージョンの『Fantasie Impromptu』。
Stardusters:Swing Fantasy
こちらタイトルは『Swing Fantasy』となっていますが、『I'm Always Chasing Rainbows』と同様。
演奏は、渡辺弘とスターダスターズ、黛敏郎さんアレンジで、1949年(昭和24年)録音の作品。バンド編成をいかした、すてきにドリーミーなタッチとなっています。
Les Baxter:Fantasie Impromptu
レス・バクスター (Les Baxter) のクラシックカヴァー名アルバム『MOOG ROCK』からの1曲。
アルバムについては、以前に書いてます。このアルバム、わたしにとってとてもだいじな作品。クラシックの現代アレンジへの興味を一気にひらいてくれたものなのですレス・バクスター (Les Baxter) MOOG ROCK
1:05をすごたあたりからが変ニ長調のパート、『I'm Always Chasing Rainbows』のもと。
ベースとなっている曲がすばらしいということももちろん前提ながら、ほんとうにすてきなヴァージョンが多いですね。たくさんあるのですが、できるかぎりでいろいろ聴いてみました。
(かなりの数ですが、再生リストも。このリストは最後のとこ)。
まずは、チャールズ・ハリソン(Charles W. Harrison)による1918年のヒット・ヴァージョン。
Charles Harrison:I'm Always Chasing Rainbows(1918年)
劇中ものでは、1941年の映画『Ziegfeld Girl』ではジュディ・ガーランドが、そして、1945年の映画『The Dolly Sisters』でジョン・ペインがうたっています。
Judy Garland:I'm Always Chasing Rainbows(1941年)
Betty Grable & John Payne:I'm Always Chasing Rainbows(1945年)
いろいろなカヴァーものでは、好みのヴァージョンをいくつかこちらに。
Ray Conniff:I'm Always Chasing Rainbows(1958年)
レイ・コニフ(オーケストラ、コーラス)の『Concert In Rhythm』にはクラシック・カヴァー作品がほかにもいろいろ。ほしいアルバムのひとつでもあります。
Noro Morales:I'm Always Chasing Rainbows
ラテン・ピアノのヴァージョン、とってもすてきです☆ かなりのお気に入りとなり。ノロ・モラレス、今回の検索から知ったのですけれど、もっとたくさんの曲を聴いてみたいです。
イージー・リスニング系というようなものがつづきますが、こちらもすてき。 アンドレ・コステラネッツのもの。
Andre Kostelanetz and His Orchestra:I'm Always Chasing Rainbows
あとは、レコーディングものではないのですけど、かなり惹かれました。Korg SV1で演奏のヴァージョン。(交通情報、または、文字と映像の天気予報によい雰囲気)
すこしかわってオールディーズなコーラスのこちらも、とてもよいですねぇ。。☆
Baysiders:I'm Always Chasing Rainbows(1961年)
ボーカルものでは、サミー・デイビス Jr.のもの、とてもとてもよいですね。ローリンド・アルメイダのギターがすばらしく。
Sammy Davis Jr. and Laurindo Almeida:I'm Always Chasing Rainbows
そして、そして
アリス・クーパー、この方のセンスもね、好きなのです。
Alice Cooper:I'm Always Chasing Rainbows(1976年)
アルバム「Goes to Hell」収録
"I'm Always Chasing Rainbows" 再生リスト:
じぶんであつめたのですけど、このリスト、とてもゆめゆめドリーミー☆で。。お気に入りとなってしまいそうです。
(投稿:日本 2012年3月8日、ハワイ 3月7日)
I'm Always Chasing Rainbows
投稿者 むぎ茶 | 17:22 | 1910年代以前, 1940年代, 1950年代, 1960年代, 1970年代, クラシック, ジャズ/ ワールド その他, 映画と音楽 | 0 コメント »It Might as Well Be Spring 春の如く
投稿者 むぎ茶 | 11:55 | 1940年代, 1950年代, 1960年代, ジャズ/ ワールド その他, 映画と音楽 | 0 コメント »きょうは、東京に雪がふりました。
この冬、3度目の雪でしょうか(ちょっとした粉雪はほかにもあり)。
先週は、春めいたあたたかい日もあり、あぁ、このまま春になればよいのにと思っていたのですけれど、また、冬にぎゃくもどり(雪そのものは大好きなのですけどね☆)。まだ、春はすこし先なのでしょうか。もう春がきているようで、まだなような。植物たちをみていると、足音はきこえてきているような気がするのですけれど。
わくわくと春のような、でもそうでもないんだなぁとおもうとすこし気分が。。であったり
But I feel so gay in a melancholy way
まさに気分はそんな感じです。
『It Might as Well Be Spring(春の如く)』は、1945年の映画『ステート・フェア』での劇中曲。しばらくのあいだ、気にしてきているリチャード・ロジャース&オスカー・ハマースタインⅡの作曲、作詞もの。アカデミー主題歌賞受賞作品ですね。
でも、『ステート・フェア』は、いまだ観たことがなく、出会ったのはカヴァー作品からでした。
はじめて聴いたのは、かなりまえに、たぶん、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルト、ボーカルがアストラッド・ジルベルトのもの。アストラッド・ジルベルトのボイスが、なんともいえずのこの曲に似合い。
タイトルであるとか、曲を意識したのは、こちらからなのですよね(はじめてではなかったのかもしれませんけれど)。
Astrud Gilberto:It Might as Well Be Spring
柳やクロッカス、薔薇の蕾など、春を感じる植物やナイチンゲールがでてくる歌詞も好き。でも、それは、あくまでも、そんな春のような感じという、あいまいなところも。デイドリームな。
映画でのシーンはこんな感じなのですね。
It Might as Well Be Spring - R&H's State Fair(1945年)
いままで聴いたものでのお気に入りは、さきのボサノヴァものなのですけれど、ここしばらくで出会ってよいなぁと感じているヴァージョンをいくつか。
ブロッサム・ディアリーのフランス語のヴァージョンがとてもとても。
Blossom Dearie:It Might As Well Be Spring(1959年)
インスト、日本のジャズメンによるものでの最近のきゃーすてき☆ジョージ大塚トリオ、かっこいいですね。メンバーは、ジョージ大塚さん、市川秀男さん、寺川正興さん
(このライブ・アルバムほしいのですけれど、ちょっと。。おねだんが。よい出会いをまちます)
GEORGE OTSUKA TRIO:It Might As Well Be Spring
Ray Conniffのヴァージョンもすてき☆アルバム『The Ray Conniff Hi-Fi Companion』
Ray Conniff:It Might As Well Be Spring (1958)
そのほか、もちろん、大御所シンガーたちのヴァージョンもよいのです。
明日からは3月。はやく、「如く」ではなく、ほんとうの春がきてほしいです。
(投稿:日本 2012年2月29日、ハワイ 2月28日)
お祖父さんの時計/ 大きな古時計 ミミー宮島 ほか
投稿者 むぎ茶 | 22:50 | 1910年代以前, 1940年代, 1960年代, ジャズ/ ワールド その他, 民謡・童謡・唱歌ほか | 0 コメント »唱歌や童謡は興味の分野であるのですが、児童を対象とした文化、音楽そのものはもちろんのこといろいろ気づきをあたえてくれ、またさらなる広がりや気になりをもたらしてくれるものですね。
こどものための、でありながら、どの時期のものをみても、時代の流れのようなものや世相、大人の文化を色濃く反映しているのですよね。
昭和初期、戦前である昭和5年から16年ぐらいまでのものだそうですが、童謡ジャズもそんなもののひとつ。
アルバム『オ人形タイナ~戦前童謡・ジャズとタップ~』は、すばらしい世界を紹介してくれている感謝つきぬCDワークであるのです。先日、聴いていた、この中の一曲であるミミー宮島ちゃんの歌う『お祖父さんの時計』から、これからもずっととなりそうな気になりごとがまたひとつ、ふたつ、みっつと…。
(おそらく)日本版として初めてレコーディングされた『Grandfather's Clock』であるという作品。
曲間に入る、ミミーちゃんのタップがとてもすてきですね。
お祖父さんの時計(1940年、昭和15年3月:コロムビア100083)
うた:ミミー宮島
オリジナル作詞・作曲:ヘンリ・クレイ・ワーク(Hnery Clay Work)
日本語詞:門田ゆたか
編曲:仁木他喜雄
演奏:コロムビア・リズム・オーケストラ
『大きな古時計』として知られる、『Grandfather's Clock』。
1876年にヘンリ・クレイ・ワークによりつくられ、いまなおポピュラーな歌い継がれる名曲。
この曲は、ヘンリ・クレイ・ワークがイギリスを訪問している際に、宿泊先のホテルの主人から聞いたエピソードにヒントを得て歌にしたものなのだそうですが、なんともいえぬあたたかさとせつなさを同時に感じるすてきな曲ですよね。
この曲の誕生についてはこちらのブログが写真も多くくわしいです。
大きな古時計特集 世界の民謡・童謡
わたしが、この歌に親しんだのはNHKの『みんなのうた』を通じて、そして、その後は学校配布の歌集などからでした。
「おおきなのっぽの古時計 おじいさんの時計♪」で、はじまるおなじみの曲。
大きな古時計:歌詞
この『大きな古時計』、日本語詞を保富康午さんが手がけているのですが、このヴァージョンがうまれたのは思っていたより昔のことではないのですね。『みんなのうた』での放送に際しであり、1962年(昭和37年)のこと。近年では、平井堅さんのものもヒットしましたが、当時、番組放送で歌を担当したのは立川清登さん。
さきにあげた、ミミー宮島ちゃんの『お祖父さんの時計』は、歌詞もことなります。
おとぎの国の山よ 河よ こびとたちよ♪
シンデレラのお姫様よ きえて いまは何処
たのしい夜がおとずれたのに
振り子のふごかない
時計 時計 時計
おじいさんの古時計 ♪
シンデレラがモチーフとしてでてきたり、1962年の保富康午版ともオリジナルともまたちがった要素がもりこまれているところがとてもおもしろいなぁと思っています。
この門田ゆたか版日本語詞への興味は
どうして、という理由というより、当時のこどもたちにあたえたかった夢やふれさせてみたかった外国文化などを感じるような。仁木他喜雄さんによるスウィング感たっぷりの編曲アレンジは、とても戦前のジャズの隆盛、愉しきムードを醸しだしていて。
しかし、この後、日米開戦となり、1943年には製造中止(中止となった背景には、敵性語や敵性文化の禁止などもあったのでしょうか…)。中止となるまでに、5173枚を売り上げたのだそうです(枚数情報:Wikipedia:大きな古時計より)。
アレンジは
ジーン・クルーパ楽団の1938年ヴァージョンがアレンジのイメージ参考になっているのだそう。
開国からはじまり明治から戦前までの外国文化の流入、日本独自の応用発展、海外交流などは、ずっと興味をもっていることですが、この曲を聴いて、こども文化に関すること、あらためて、さらにいろいろと調べていきたいなぁと思うようになりました。
この曲にでてくる『シンデレラ』もいつ紹介されて、当時のこどもにどのくらい知られていたのだろう、とか、考えてみたり。翻訳児童文学のいろいろも気になりです。
[翻訳児童文学]
『図説 児童文学翻訳大事典』の概要などにもありますが「翻訳児童文学は日本文学と外国文学の狭間であっただけでなく、美術と文学との狭間でもあった。」のですよね。
でも
「明治・大正・昭和初期において、翻訳は創作に匹敵する量が世に行われてきたが、文学史的記述を見る限り二次的なものとして扱われてきた。児童文学はとりわけその観が強い。研究事典として誉れ高い『日本児童文学大事典』を繙くと、目配りは行き届いているが、創作文学に限られている。手にすれば一目瞭然であるが、『赤い鳥』等の児童雑誌は大半が翻訳もしくは翻案の童話にもかかわらず、それは取り扱われていない。」
であることとか。
(『図説 児童文学翻訳大事典』全4巻)
また、これは児童文学であったかいなかはさだかではありませんが
国立国会図書館近代デジタルライブラリー資料あれこれによると
ペロー童話集である『西洋仙郷奇談』 井上寛一訳述,矢野竜渓補,明治29年5月では、
「…挿絵は山本昇雲によるもので、「シンデレラ」を訳した 「燻娘」 では、現代のイメージとはかけ離れた和風のシンデレラ像…」があるそうです(リンク先にもその絵あり)。
坪内逍遥版では『おしん物語』という「シンデレラ」の「シン」をとってというものもあったようですよね。
そして、やはり児童文学とともに童謡運動に関連してくる『赤い鳥』も、やはり、あらためてきちんと知りたく、『子ども観の近代―『赤い鳥』と「童心」の理想 (中公新書)』なども読んでみたいです。
渋沢栄一氏の日本国際児童親善会による日本人形とアメリカの人形(青い目の人形)交換や支援していた海外文化のことなども、じぶんの中ではいろいろとむすびついてきたり…。
この曲での関心事はほんとうに多く、いろいろな角度でもほりさげたいところなのですが、まだまだ情報の収集や調査も必要であったり、また、あらためて別に機会をもうけたいぐらい幅広いものもありますので、関連はひきつづきということで。
楽曲にかかわるそれぞれの方にも、リスペクト捧げたいです。
門田ゆたか氏
仁木他喜雄氏
立川清登氏
(投稿:日本 2012年2月21日、ハワイ 2月20日)
映画 麗しのサブリナ ほか Isn't It Romantic?
投稿者 むぎ茶 | 11:29 | 1930年代, 1940年代, 1950年代, ジャズ/ ワールド その他, 映画と音楽 | 0 コメント »ひきつづき、オードリー・ヘップバーンものからで、映画そのものというだけでなく、そうだったのねと気づいたことなどをすこしづつ。ひさしぶりに観た『麗しのサブリナ』からの気づきとひろがり。
1954年に公開された『麗しのサブリナ』(Sabrina)は、ハリウッドでのオードリー・ヘップバーン主役映画としては、『ローマの休日』に続く第2作目の作品、サミュエル・テイラーの戯曲『サブリナ・フェア』をビリー・ワイルダーが監督で、映画化したものですね。ハンフリー・ボガートとウィリアム・ホールデンという大物男優との共演作品。
解説・あらすじ:
麗しのサブリナ - goo 映画
オードリー・ヘップバーンのファッションやスタイルの流行との関係は、『ローマの休日』でもあきらかとなりますが、この作品では、さらに。そして、ファッション面をさらに意図してみせるつくりともなっている作品でもありますね。
この映画で、オードリー・ヘップバーンはサブリナパンツというファッション文化を生み出し、胸のあきがすくなめな黒のドレスでは、グラマーでなければいけなかったドレス・スタイルへの意識革命も。
衣装デザイナーのイデス・ヘッドはこの作品でアカデミー衣裳デザイン賞を受賞。そして、その後に、オードリーの生涯の友人となり、オードリー・ヘップバーン・ファッションにて、お互いの関係を築いていくことになるユベール・ド・ジバンシィが初めて、ドレスデザインを担当したことでも知られる作品(クレジットはでていないのですがいまではファッション・レジェンドとしておなじみですね)。
オードリー・ヘップバーンが若き大女優へと確実なステップをふんでいることがうかがえる作品であり、そのほかには、共演のウィリアム・ホールデンが、1981年に他界する直前、「生涯で最も深く愛した人は誰か?」とのインタビュー質問に「オードリー・ヘップバーンだ」とも語ったというエピソードなども。
音楽面に関してはメッセージであるような『La Vie en Rose』は、曲にもなじんでいたこともあり、そして、じっさいにオードリー・ヘップバーンが口ずさむシーンがあったりと、とても印象にのこっていたのですが
はじめて観たのは、かなり前で、映画館での観賞であったということもあって、気づかなかったことなども。
この曲、『Isn't It Romantic?』も、インストゥルメンタルでありさりげなくとも、ストーリーの中ではとても重要な曲なのですよね。
A beautiful scene from Sabrina - I love this dress
この一連のシーンは、オードリー・ヘップバーンが、あのジヴァンシーによる衣装のはじまりともなった、すてきなドレスを着ていることでもよく知られ、とても印象的な。パリ帰りのサブリナの魅力をみせてくれる、ダンスパーティー。
2:40あたりから。
パリへ発つまえ、憧れのデイヴィッドがほかのだれかと踊っていた曲だという、思い出をデイヴィッドの兄、ライナスに語り。ライナスは代理だよといいながらも、という。
当時は、この曲のタイトルなども知らず、ストーリーとしてキーとなっていることはもちろん理解してはいたのですけれど、そのままにすぎていたのですけれど、今回の観賞で、あぁ、この曲、『Isn't It Romantic?』だったのね、と。
あらためてだったのでした。長い時間がたったことで、それまでに聴いてきたカヴァー作品などでの知識もうまれ、やはり、映画はなんど観ても発見や気づき、さりげなくちりばめられてる要素やメッセージがあるのだとおもったのでした。
そこで、『Isn't It Romantic?』のことも気になりだしたりして。すこ調べを。
すると、この曲も、あのリチャード・ロジャースの作曲のものではないですか!
ちょっとアクシデンタルともいえるようなリチャード・ロジャースめぐりは、ここ数ヶ月におよんでいるのですけれど、こちらもだったのですねぇ。作詞は、長くコンビを組んでいたローレンツ・ハート。
以前にも、このふたりのコンビ作品について書いたもの:
The Supremes Sing Rodgers and Hart (アルバム) そして Rodgers and Hart のこと
この曲は、1932年のミュージカル映画"Love Me Tonight"「今晩は愛して頂戴ナ」(「頂戴ナ」という仮名つかいがすてきですね)に使われたものだったのですが、映画での使用は、製作の背景なども、かなり深いのですね。
なんだかおもしろいなぁとおもったので。メモ的にまとめてみることにしましたφ(..*)
まずは、最初に使われた映画である"Love Me Tonight"「今晩は愛して頂戴ナ」
LOVE ME TONIGHT:Isn't It Romantic?
まず、仕立屋のモーリスが歌いはじめ、それをお客が歌い繋ぎ、最後には、ジャネット姫に伝わって彼女が歌う、というストーリーにそった使われ方をされているそうです。
その後は、ジャズを中心にさまざまなアーティストにカヴァーされ、映画でも。
ただし、パラマウント作品にかぎられているのですね。
当時のことを考えると、なるほど、とここでやっと気づくわけなのですが、やはり、この時代は、映画・ミュージカルと曲の関係はとても密接なのですね。また、そのエンターテイメントビジネスでのさまざまな背景も。
プレストン・スタージェス監督の1941年作品、『レディ・イブ(The Lady Eve)』と1942年作品『パームビーチ・ストーリー(Palm Beah Story)』に。
THE LADY EVE:Isn't It Romantic?
バーバラ・スタンウィックとヘンリー・フォンダが出演
THE PALM BEACH STORY:Isn't It Romantic?
こちらはみどころシーンのダイジェスト編集のようになってる映像。
ビリー・ワイルダー監督作品では、この『麗しのサブリナ』のほかにも、1948年の『A Foreign Affair ( 異国の出来事 )』でも。ジーン・アーサーとマレーネ・ディートリッヒ、ジョン・ランドが出演の作品。
A FOREIGN AFFAIR:
『Isn't It Romantic?』が使われているシーンみつけられなかのですけど。
そして、こうしてたどっていたら、まただんだんと、この曲に対するおもいも深まり、これから、いろんなカヴァーを聴いていくのもさらに楽しみになりそうです。
チェット・ベイカーのヴァージョン、すてきですね☆
Chet Baker:Isn't It Romantic
(投稿:日本 2012年2月8日、ハワイ 2月7日)
2012年、はじめの満月は1月9日なので、まだ数日先ですが、つい先日より気になりとなったフルムーン・ソング『Full Moon and Empty Arms』 ♫
いまちょっと気になっているアルバム、カテリーナ・ヴァレンテ(Caterina Valente)の『Classics With a Chaser Werner Müller Orchestra』(こちらについては、また、のちにふれると思います)をチェックしていたりして、出会った曲。
Caterina Valente:Full Moon and Empty Arms(1960年)
きょうは、この曲について調べたことや聴いてみたいくつかのヴァージョンなどを。
『Full Moon and Empty Arms』、作詞、編曲は、Buddy KayeとTed Mossman。
(以前にとりあげた「英雄ポロネーズ」ベースの『Till The End Of Time 時の終わりまで』(1945年作)のコンビ)
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(Piano Concerto No. 2)をもとにした1945年の作品。同年に、フランク・シナトラによって録音されポピュラーになったというクラシック曲アダプテーションのポピュラーミュージック。
Frank Sinatra:Full Moon and Empty Arms
このヴァージョンを聴いたら、あぁ、そういえば前にも聴いたことあるという感じだったです。
邦題は『寂しい私』、「満月の夜、会いたいひとはそばにいない。次の満月の夜はともにすごせるよう、月にお願い」という、美しいメロディーにのせた、ロマンチックでセンチメンタルな詞も印象的なすてき曲。
Full moon and empty arms
The moon is there for us to share, but where are you?
A night like this could weave a memory
And every kiss could start a dream for two
Full moon and empty arms
Tonight I'll use the magic moon to wish upon
And next full moon, if my one wish comes true
My empty arms will be filled with you
The Norman Luboff Choir:Full Moon and Empty Arms
と、こちらのコーラス・ヴァージョンもとてもすてきなのですが。
この曲、ジャズ・アレンジのインスト、とてもよいものが多いですね。歌のヴァージョンとは、またちょっとちがった感じで。これをきっかけに、さらに聴いてみたいなぁ、という気になりアーティストも、また増えました :)
Erroll Garner:Full Moon And Empty Arms
このレコーディングのヴァージョンがそのものなのかはちょっとわからないのですが、エロル・ルイ・ガーナーの同曲初録音は1946年。
Freddie Hubbard:Full Moon And Empty Arms(1962年)
フレディ・ハバード、かっこいいですね。。
Carmell Jones:Full Moon And Empty Arms(1961年)
ほかにもたくさんすてきなヴァージョンあり。
ということで再生リストをつくってみました。
(投稿:日本 2012年1月4日、ハワイ 1月3日)
Captain Sensible Women and Captains First (Happy Talk など)
投稿者 むぎ茶 | 0:10 | 1920年代, 1940年代, 1950年代, 1980年代, ジャズ/ ワールド その他, 映画と音楽, 洋楽ポップス&ロック | 0 コメント »今朝は、目が覚めて、昨日のロジャース&ハマースタイン(Rodgers and Hammerstein)からのつづき、というか、むしろそこへの導きだった、というようなことについて考えてました。
このおふたり、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世の作品で、曲として好きなもののひとつが、『HAPPY TALK』。
あらためて、作曲家、作詞家としてロジャース&ハマースタイン、をふり返るまえから、『HAPPY TALK』のすてきヴァージョンを聴くたびに、あぁ、あのとき、この曲と出会っていなかったら、と思うのが、キャプテン・センシブル(Captain Sensible)、1982年の『HAPPY TALK』だと、いつも、その導きにつくづくと感謝を。
Captain Sensible - Happy Talk (singalong version)
いわゆるポストパンク的な時代、世代、層であったりする自分の十代の音楽シャワーの中でも、とても思い出に残っている大好きな作品。
ほんと、この曲、くり返し、くり返し聴いていたのでした。
(パンク的なものは聴いてたのですが、ダムドは、そんなに聴いてなかったのですけれどね。。)
これ、1982年の12月25日のテレビ放送の映像。この曲、ほんと、大ヒットとなったのですよね(約30年前ですね…)。UKチャートで1位にもなってます。
このあたりのシンセ音が、レトロ、オールドタイミーな曲に使われるのは、全体的な流れでしたね。この相性のよさは、かなり定着してました。
その前からも、『Bali Hai(バリハイ)』など曲としてはなじんでいましたが、これが、ミュージカルのものなのだと、オリジナルを意識するようになったり、このあたりの世界の音楽、さまざまなオリジナルに興味をもつようにきっかけのはじまりでもあったように思います。
オリジナルは、昨日もすこしふれましたが、「南太平洋」(1958年:映画、1949年:ミュージカル)からの『HAPPY TALK』。
そして、『HAPPY TALK』が収録されている『Women and Captains First』は、かなり聴きこんだアルバムなのでした。
ロジャース&ハマースタインではないですけれど、このナンバーも、1920年代からの古きよき。
Captain Sensible:Nobody's Sweetheart:
作曲、ガス・カーン(Gus Kahn)とエルマー・ショーベル(Elmer Schoebel)、作詞、ビリー・マイヤーズ(Billy Meyers )とアーニー・アードマン(Ernie Erdman)で1924年の作品。
曲は、キャプテン・センシブルで、映像は、1950年代のベティ・ペイジ(Betty Page)ですね :)
昔作品は、このふたつ。このあたりは、ときおり、聴いてはきていたのですが、きょうは、かなりひさしぶりに他の曲も聴いてみました。
かなり聴きこんだものだけあって脳内再生できる感じでは、あるのですけれど、やっぱり、よいですね。
(先の2曲とはちがい、特にオールドタイムな感じではないですけれど)
WOT:
A NICE CUP OF TEA:
BRENDA PART 1・PART 2:
これ、画像はソロ2枚目のアルバム『Power Of Love』のもの。
この曲、当時は、サウンドしか聴いてなくて、ちゃんと歌詞とかわからなかったのですけど、韻のふみ方、かなりよいですね。
YANKS WITH GUNS:
MARTHA THE MOUTH:
ちょうど、中3ぐらいのときかなぁと、通学電車で聴いたりしてたからか、どの曲もなんとなく、移動しながらの電車の音ともにの記憶。通学は、それなりに長く。やはり、リアルタイムのものは、そのときのこととか、どんな気持ちでいたのかとか、よみがえったりもします。
いまだもって、というより、ますます好きになっていく、昔的良曲やすてきワールドへの誘い(いざない)は、この1982年あたりから1985年あたりにリアルタイムでうけたオールドタイムもの復刻であり、新解釈である一連の影響であることはまちがえなく、そんなアーティスト、ミュージシャン、仕掛け人の方々は、ずっと心の中に。
その後も追うかはさまざまですが、同じ時代をとおった方にはそんな感覚あるのではないかなぁと思います。小さな頃は好きだったのに、ある時期あった、ミュージカルのじゅばくのようなものがとけたのも、これだけ、思い切った作品と出会ったことで、すっかりとけたというのもあるような。
(タモリさんなど一連の「ミュージカルはちょとはずかしい」←このあたりのご意見に関しては、これでわたしなりの考察もあるのですけれど、長くなりそうなのでいつか)
アルバム『Women & Captains』、聴きこんだのに、当時、レンタルでかりて、ふきこみしたものだったので、現在手元にレコードもありません。受けた恩を考えるともっていてもよいのかなぁとも思いながら(『Women & Captains』と2枚目の『Power Of Love』は、A&Mだったのですね。当時、あまりそういうの気にしてなく)。
(投稿:日本 2011年12月12日、ハワイ 12月11日)
Waltz of the Flowers 花のワルツ (オルゴール・バレリーナ/ ファンタジア)
投稿者 むぎ茶 | 1:38 | 1940年代, ジャズ/ ワールド その他, ディズニー関連, 映画と音楽 | 0 コメント »クリスマスまでも、あとひと月ということで、昨日は、出窓のスペースを小さなホリデー・コーナーにしてみました☆
クリスマスのデコレーションは、きらきらイメージやホーリーな天使、ちょっとゴージャスなイメージ、スタイリッシュなものといろんなスタイル、どれもわくわくで大好きですが、やっぱり、自分の中でのイメージは、いくつになってもおもちゃに囲まれた夢のクリスマスが好きなのです。
このコーナーも、これから、まだすこし、メンバーが増えるかもしれませんが、クリスマスの雰囲気をもったお気に入り集合。ガラスのツリー、クリスマス・スノードーム、東京タワー・スノードーム、ハロッズ・ベアとピノキオたち。正統派なカラフルさがうれしい、Mitch Millerクリスマス・レコードも。
そして、今年の主役は、夏にハワイにいたときにもとめた、HALLMARKのオルゴール・バレリーナのオーナメント"Waltz of the Flowers" ✲゚.。₀:*゚
(約30ドルではありますが、たぶん、滞在中にもとめたもの中でも、高価な方なのです。すこしぜいたくしましたが、よかった。さきほど調べたら、店頭限定のようでした)
あまりうまく録れなかったのですけれど、オルゴールのミュージック『Waltz of the Flowers(花のワルツ)』にあわせて、赤と緑のコスチュームを着たバレリーナがくるくると:)
もっと聴きたいなぁ、もっとくるくるしてほしいなぁ、と思うとおわっちゃうのですよね。。。
チャイコフスキー『Waltz of the Flowers(花のワルツ)』もその1曲である、バレエ組曲『くるみ割り人形』は、バレエそのものよりも、こどもの頃にみた映画『ファンタジア』のイメージがとてもつよく、深く、この曲にあわせて踊るバレリーナをながめていたら、どうしても『ファンタジア』が観たくなってきてしまいました。
Tchaikovsky's Waltz of the Flowers:
このイメージ、季節も秋の枯葉のダンスから、霜、雪の季節へと、いまのシーズンにぴったりですね。
『くるみ割り人形』がクリスマスものではありますけれど、それとはまた別に、いつも花たちの世界で夢に描くのは、この映画の花と妖精たちなのですよね。
大きくなるまでは、ビデオやDVDなどなかったので、何度もくり返しみたわけではないのですけれど、やはり、ほんとうに、psycologicallyにdeliciousだったのでしょうね。こども心に、あぁ、あれ、また、観たいとよく思い、おとなになっても、ずっとずっと脳と心に。。
Nutcracker Suite - Fantasia 1940
『くるみ割り人形』にあわせた花の妖精の世界。さきの『花のワルツ』は一番最後なせいか、この映像ではぬけてしまっていますけれど、それまでの部分は、あり。
しずくの精、ホップ・ロウ、マッシュルーム・ダンサー、花の踊り子、金魚、あざみの少年たち、らんの少女たち(ここからは、先の動画『花のワルツ』:秋の精とうわたの踊り子、霜の精、雪結晶の精)
ファンンタジア:
ディズニー製作、監督:ベン・シャープスティー
ナレーター:ディームズ・テーラー
演奏:フィラデルフィア管弦楽団
指揮:レオポルド・ストコフスキー
ステレオ効果が利用された最初の映画(サラウンドの原型)
『ファンンタジア』では、バレエ組曲の『くるみ割り人形』の最初の2曲はカットされ、順番もすこしことなっているのですよね。
ディズニー『ファンンタジア』曲順:
金平糖の踊り→中国の踊り→葦笛の踊り→アラビアの踊り→ロシアの踊り(トレパーク)→花のワルツ
バレエ組曲『くるみ割り人形』
小序曲→行進曲→金平糖の精の踊り→ロシアの踊り(トレパーク)→アラビアの踊り→中国の踊り→葦笛の踊り→花のワルツ
きょうは、動画で、そして『くるみ割り人形』を中心にの観賞したりしてたのですけれど、やっぱり、すこしでもみると全部観たくなってしまいますね。
そして、やはり、定期的に観るべきであるという感じがさらにしてきました。
『ファンタジア2000』の方はDVDでもっていたのですけれど、探してみてもないのですよね。よく考えたら、とてもよい作品なので、2年前のハワイからの引越しのときに、最後のばたばたな中、とてもていねいに手伝ってくれた方に、お子様にといって差し上げたような気もしてきました。DVDだとリジョンコードのこともあるので(あまりのばたばただったうえ、残してきたもの、もってきたものがあるので、ほんと。。記憶があいまいなのです。思い出せません)。
そして、2000も好きなのですけれど、やっぱりこどもの頃に観た『ファンタジア』(日比谷の映画館で母と姉と)の印象は、とてもふかく、やっぱりDVDをもとめ、定期的に観賞しようかなぁ、とも思ってきております。
ミッキーの「魔法使いの弟子」(デュカス)はオリジナルも2000でもですね。
そういえば、ディズニーではあるませんがクラシックとアニメーションということでは、『Allegro non troppo(ネオ・ファンタジア)』も観てみたいなぁと。
(投稿:日本 2011年11月24日、ハワイ 11月23日)
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きょうの月、今年で一番、遠い満月なのですね。
その距離は、地球から約40万6427kmなのだそう。
AstroArts:2011年10月の天文現象
うちからみえる月はちょっとおぼろ月(ほんらいならば、春の季語ですけれど秋も、そんな宵がありますね)。
月が一番遠い距離ということは、とっても高いところにあるというのかなぁ、などと思いながら、『How High The Moon』、について。
今夜も、スタンダードのナンバー、なじんでいながら、あらためてがたくさんある曲。
たくさんのミュージシャンが演奏、歌っている曲なので、再生リストなどもいつかつくりたいとは思っているのですけれど、こちらにはいくつかを。
『How High the Moon』、とても印象的な詞とチューンが、ちょっと切なく、美しく。
作詞は、ナンシー・ハミルトン(Nancy Hamilton)、作曲は、モーガン・ルイス(Morgan Lewis)、1940年の作品。
ブロードウェイ・ミュージカルの『Two for the Show』にて、歌われたもの(このミュージカル、この曲が歌われるシーンは別として、全体としてはヒューモアあふれる作品なのですね)。
レコーディングとしては、1940年2月に、ベニー・グッドマン・オーケストラのものが最初の作品だそう(こちらは、のちの演奏はありましたが、ファースト・レコーディングものは、動画ではみつからず…)。
こちらには、すべてというわけではないと思うのですけれど、カヴァー・アーティスト情報が(ここだけでも60以上)。
Wikipedia:How Hight The Moon:Other Versions
とってもすてきだなぁと思ったスタン・ケントン・オーケストラとジューン・クリスティのものは、1948年のレコーディング。ビルボードのベスト・セラー・チャートで27位に。
Stan Kenton & His Orchestra with June Christy: How High The Moon(1948年)
1951年のレス・ポールとメリー・フォードの、よく知られるヴァージョンは、25週連続チャートイン、9週連続1位を記録しているのですね。
Les Paul Mary Ford:How High the Moon
やっぱりよです、このヴァージョン☆
そのほか、レコーディング回数として、多いものとしては、エラ・フィッツジェラルドのもの。1947年9月にカーネギー・ホールでのライブで歌い、同年の12月にレコーディング。もっともすばらしいといわれているものは、1960年のベルリンでのレコーディングのものとか。
Ella Fitzgerald(ELLA IN BERLIN): How High The Moon(1960年)
たしかに、あらためて、このヴァージョンよいですね
レコーディングものではないのですけれど、テレビ・シリーズ探偵ドラマ「ピーターガン」シーズン1、エピソード5での、ローラ・オルブライトのもの、お気に入りのひとつでもあります。
Lola Albright:How High the Moon
とってもすてきなスローでエキゾチカ・テイストの、気になりの日系二世シンガー、パット・スズキ(Pat Suzuki)のヴァージョンは、1953年の録音。映画、『Biloxi Blues』(1988年)や『Eat a Bowl of Tea』(1989年)でも使われているのですね。
とすでに、長くなってきているのですけれど..
「あらためて」な部分は、この曲をベースにした作品があるのですね!
という気づきなのでした。
(こちらも引き続きwikipedia情報なのですが、英語、ジャズものやスタンダードものの曲情報、Wikipedia、くわしいものも多いですね…)
チャーリー・パーカーの『Ornithology』はコード展開にてこちらを基にしているそうで、よくジャズ・ミュージシャンやシンガー(たとえばElla Fitzgerald、 Lionel Hampton)の方々はライブ演奏で、『How High The Moon』に『Ornithology』を流れで組み込ませたりするそうです。
CHARLIE "BIRD" PARKER:ORNITHOLOGY
たしかに、です!
マイルス・デイヴィスの『Solar』やジョン・コルトレーンの『Satellite』も、なのだそう。
(タイトルが宇宙アイテム的なことも、ちょと気になり)
Miles Davis Quintet:Solar(1954年)
John Coltrane:Satellite(1960年)
そして、「トリビア」としてあげられていたのが、
ザ・ビートルズのキャヴァーン・クラブで、最初に演奏した曲は『How High The Moon』だった。(レス・ポール記録もの映像『Les Paul: Chasing Sound』にて、ポール・マッカートニー語る)
やはり、こちらも、いつもながら、毎回おなじパターンで、あらためて調べてみると、なのでした。
(今度、気長に再生リストつくりたい☆)
(投稿:日本 2011年10月12日、ハワイ 10月11日)
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きょうも、先日にひきつづき、クラシック曲がベースとなっているポピュラー・ソングについて、あらためて。
「英雄ポロネーズ」として親しまれているショパンののアダプテーションである『Till The End Of Time 時の終わりまで』。
『I'll Close My Eyes』の作詞なども手がけるBuddy Kayeによる作詞と、Ted Mossmanによる作曲(というか編曲でしょうか…でも、アレンジャーではなくてコンポーザーなのですね…)で、1945年に、『Till The End Of Time』として生まれかわりった、ゆったりとしたメロディーと、オールド・タイミーな曲ならではのロマンチックな歌詞がすてきな、ラブソング。
あらためて意識をおいてみると、韻がやはりシンプルで美しく。
Till the end of time, long as stars are in the blue
Long as there's a Spring of birds to sing I'll go on loving you
Till the end of time, long as roses bloom in May
My love for you will grow deeper with every passing day
Till the wells run dry and each mountain disappears
I'll be there for you to care for you through laughter and through tears
So take my heart in sweet surrender and tenderly say that I'm
The one you love and live for till the end of time
ポピュラーソングとしては、おそらくペリー・コモのヴァージョンが一番のおなじみで、ほかにもたくさんのヴァージョンが。
調べてみたところ、当時、1945年、同じ年に4つのヴァージョンがリリースされているのですね。
レコーディングやチャートに関する情報も
Wikipeida:Till the End of Time (Buddy Kaye and Ted Mossman song)にて
みつかったので、きょうは、この競作や、そのほか、数年にしぼってのことをこちらに φ(..*)
ほとんど同時期で、正確なリリース日はわかならいのですけれど、レコーディング日順に。
まずは、1945年5月17日録音、コロンビア・レコードより、レス・ブラウン・オーケストラとドリス・デイによるもの。
ビルボードのポップ・チャート最高3位
Les Brown with Doris Day:Till The End of Time
(『Till The End of Time』から『You've Got To Cross The Atlantic To The Pacific』へとつづきます)
1945年7月2日には、デッカ・レコード(Decca)、ディック・ヘイムズがレコーディング。
9月13日から8週連続ビルボートでチャート・イン、最高3位
Dick Haymes:'til the end of time
一日ちがいで、1945年7月3日に、ペリー・コモ、RCAビクター録音
こちらは、17週連続チャートイン、10週連続1位という大ヒットとなり、ペリー・コモ初のナンバーワン・ヒット・ソングに。
Perry Como:Till The End of Time
チャートインとはならなかったようですが、同年7月15日、コロンビア・レコードでは、ジニー・シムズのレコーディングものも。
Ginny Simms:Till the End of Time
ペリー・コモは、自身が歌ってきた数あるナンバーの中で、この初のナンバーワン・ヒットである『Till The End Of Time』をお気に入りとしてもあげているようですね。
引用:先のYouTubeの転載の"The Incomparable Como" Readers Digest UK compilation 1975年の記述より:
"Ask Perry Como which of all the songs he's recorded is his personal favourite,
and he'll answer: "Till the End of Time".
この曲と同タイトルの『Till the End of Time 』という映画も、翌1946年に公開されているのですね。
Till the End of Time (film)
文字情報ではまださがせていないのですけれど、ラジオ・ドラマにもなっていたようですね。
1947年1月6日放送というものがみつかりました。
という感じで、知ってるかなぁ、と思う曲でも、まだまだ知らないことがあるのですね…。
あらためて、気にしてみて、よかったです。
一連の競作とはことなりますけれど、レノン・シスターズがザ・ローレンス・ウェルク・ショー、番組内で歌うこちらのヴァージョンは、かなりのお気に入り :)
Lennon Sisters:Til The End Of Time(1958)
最後になりましたが、ショパンの「英雄ポロネーズ」。
演奏は、アルトゥール・ルービンシュタインによるもの。ホールなどでも演奏とちがい、この映像、雰囲気もすてきな。
Chopin - Heroic Polonaise Op. 53 - Arthur Rubinstein
(このようなアダプテーションもふくめ、クラシック関連の投稿もいつのまにかそれなりな数になってきたので、クラシックもカテゴリーでわけてみました)
(投稿:日本 2011年10月11日、ハワイ 10月10日)
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The Lamp Is Low
投稿者 むぎ茶 | 1:16 | 1930年代, 1940年代, 1950年代, 1960年代, 1970年代, クラシック, ジャズ/ ワールド その他, 洋楽ポップス&ロック | 0 コメント »きょうは、スタンダード的なのに、じつは、いままで知らなかったという曲『The Lamp Is Low』について。
この曲のこと、もっと知りたくなったきっかけは、昨日、ちょっと気になりのTak Shindo さんの曲をいくつか聴いていて。
あれ?これって…と。
Tak Shindo:The Lamp Is Low(1959)
このメロディー、なんかちょっと陽気でグランドな感じですけれど、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』…
ということで、調べてみることにしました。
『The Lamp Is Low』は、1930年代に、ミッチェル・パリッシュ作詞、ピーター・デ・ローズとバート・シェフター作曲によって作られたもの。
当時のレコーディングとしては、1939年のミルドレッド・ベイリー(Mildred Bailey)が知られ。
こちは、原曲であるラヴェルの静かな感じにちかいですね。
Mildred Bailey:The Lamp Is Low(1939年)
その後、さまざまなミュージシャンにカヴァーされているのですね。
(はい、ここからほとんど、Wikipedia情報です。Wikipeida:The Lamp Is Low)
トミー・ドーシーやハリー・ジェイムス・オーケストラ演奏による若きフランク・シナトラのボーカルものなど。
1939年のヒット・パレード、ポピュラーソングランキングでは、9週連続でチャートイン、という人気だったとか。
(ここで、問題になってくるのが、作曲について、ですけれど、やはりかなりにているので、ラヴェルの遺族からのクレームなどもあったようで)
歌詞は、すてきな夢をみながら眠りにつけそうな(もともと、この曲、メロディー自体もそうですね)。
シンプルだけれど、韻のふみ方がとてもやさしくて、すてきです。
空高い月と低いランプという灯りの対比やゆれる影も美しく。
Dream beside me in the midnight glow,
The lamp is low.
Dream and watch the shadows come and go,
The lamp is low.
While you linger in my arms,
My lips will sigh I love you so
Dream the sweetest dream we'll ever know,
Tonight the moon is high,
The lamp is low.
夜の長い季節にふさわしい、やさしいメロディー
月の高い、きれいな秋の夜にもよいかも。
Doris Day:The Lamp Is Low(1959年)
おだやかに眠れそうなコーラス。
THE NORMAN LUBOFF CHOIR:THE LAMP IS LOW
ジャズでも、ボーカル作品でないものには、軽やかなアレンジなどのものも多いようです。
George Shearing:The Lamp Is Low
Booker Ervin:The Lamp Is Low
動画にももちろん、これ以上にヴァージョンがあるのですけれど、作曲などの件もあるせいか思ったよりはすくないような。
もっともっと。かなりのカヴァーがありそうです。Amazon みただけでもたくさんでした。
"The Lamp Is Low"
アレンジもさまざまなようで、これからレコード探しなどの道しるべともなりそうな、気にしたい一曲です。
(投稿:日本 2011年10月4日、ハワイ 10月3日)
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ムーランルージュ新宿座 (映画「ムーランルージュの青春」観賞につき)
投稿者 むぎ茶 | 1:02 | 1930年代, 1940年代, 1950年代, ジャズ/ ワールド その他, 映画と音楽 | 0 コメント »昭和のレビュー史を語るになくてはならない存在である、ムーランルージュ新宿座。
昨日、歴史を語るドキュメンタリー映画『ムーランルージュの青春』を新宿、K'sシネマ観てきました。
これから全国各地で上映も予定されているようです。
「ムーランルージュの青春」オフィシャルサイト
ムーランルージュ新宿座は、1931年(昭和6年)の開館から、1951年(昭和26年)5月の閉館まで、多くの俳優、劇作家、歌手を輩出し、歌と踊りとバラエティの文化を築いてきた殿堂。
このドキュメンタリー、もともとは、ムーラン出身の方々のコメントや画像をもとに当時のムーランの様子をたどるというもの。
多くの方々がすでに他界されてはいるのですが、まだご存命の方々からの貴重なコメントは、いまだからこそ、というときですね。
トップスターだった明日待子さん(現在は、北海道で日舞の名取となり五條珠淑さんとして、活躍)や同じくトップスターだった小柳ナナ子さんのお嬢様、奈良典子さん(後期子役として舞台に出演)をはじめとし、さまざまな方のインタビューなどから、当時のムーラン文化を伺い知ることができました。
レビューの内容は、歌とダンスはもちろんのこと、浅草とはまたことなる流れと特徴をもち、文芸部が中心となった軽演劇や、世相を反映した日替わりの哲学講座というショートプログラムもあったそうです。
あった場所は、東京市淀橋区角筈、いまの新宿3丁目「新宿国際会館ビル新宿国際劇場ビル」のあたり。
(旧町名:余談:角筈の町名はいまはありませんが、区の行政区分というか図書館の名前などに残っています)
ほんとに数多くの方々が関わってらしたので、語るべきことは多いのですけれど、それぞれのご活躍をちょっとここで一度に全部まとめることはむずかしく。
プログラムの内容とあわせて、また折に触れてすこしづつ、たどっていきたいと思います。
プログラム、表紙は、宇野亜喜良さんが描いた明日待子さん
掲載の当時の写真や年表もあり。
| From ミュージック・映画・文学関連 |
| From ミュージック・映画・文学関連 |
ということで、きょうは、まずはで、当時在籍されていたおもな方々のお名前をこちらに。
人気がでてくると引き抜きもあり、在籍年数はまちまちですが、その後、映画の世界などに移った方も、みなここを足がかりに次のステップへと。劇場自体も、またそんな活躍をよろこんで見守っていたそうです。
俳優・歌手:
高輪芳子、有馬是馬、森野鍛冶哉、轟美津子、春日芳子、水町庸子、望月美恵子、明日待子、小柳ナナ子、水島道太郎、武智豊子
左卜全、有島一郎、宮城けんじ、由利徹、三崎千恵子、春日八郎、沢村いき雄、市村俊幸、水谷八重子 (初代)、千石規子(ジャバというニックネームがあったのですね…)、郷宏之 (青木湯之助)、若水ヤエ子 、楠トシエ 、森繁久彌、谷幹一、ハナ肇
と後期の方々は、テレビ時代黎明期の活動にもかかわり、ご活躍された方も多いですね。
大好きな方も多いです。
楠トシエ:りんごの唄 La pomme est un fruit
レビュー的なイメージ
心に残ったエピソード:
明日待子さんは、雑誌モデルやキッコーマン、カゴメ、加美乃素、カルピスの初恋の味の初代モデルとしても活躍というアイドルのはしり。戦時中、出兵前の学生たちの「明日待子、万歳!」という声援をうけ…というエピソードはなんともいえない思い出とのこと。
ムーランには、新宿拠点の方を中心に(新宿近辺は作家の都でもあります)当時の作家や映画監督なども多くおとずれていたそうで、その支持にもさらに関心をいだくこととなりました。
また、かなりの関心事となりつつあるのが、中村公彦さんの足跡。
1950年代、1960年代の松竹、日活での自分の中でとても気になる映画美術をてがけていたことを知り、いま、中村公彦さんのワークについて、もうすこし知りたいなぁと思っているところです。
中村公彦さんが美術を手がけた映画。実にたくさん
中村公彦 (ナカムラキミヒコ):美術
この本も、読んでみたい。
この映画に触れ、以前よりさらにムーランへの興味が深くなり、またまたお題は増えていくのでありました。
(投稿:日本 2011年10月1日、ハワイ 9月30日)
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September Song
投稿者 むぎ茶 | 0:57 | 1930年代, 1940年代, 1950年代, 1960年代, 1970年代, 1980年代, 1990年代以降, ジャズ/ ワールド その他, 映画と音楽 | 0 コメント »はやいもので、9月も残すところあと一日でおわり。
ついこの間まで、暑かったのに、陽気もだいぶおだやかに。
日が暮れるのもだんだんと早くなってきました。
もうすこし、9月を有意義にすごしたかったのですけれど、あっという間にすぎてしまい。今年も、あと3ヶ月。
今年中にすこし、すっきりさせたいこともいくつか、いかせるものをきちんと、など、でも、そのためには、いまちょっと面倒ですけれどという感じで、ここ数日で、すこし予定より遅く、ほんとは秋になる前に、と思っていたことを、あわてて遂行している次第。9月はほとんどすぎてしまったけれど。
"days grow short…"
日も短くなり、のんびりしている場合ではないなぁ、という自戒もあり。
のこりの月を有意義にすごせるよう
(相手あってのものは、思うように進んでないこともあったりするのですが…ほんじつのアクションアイテムはそれなりに予定どおり)
『September Song』を。
聴きなれているわりには、だれの作なのか、とか、あまり、背景など知らずで。
『September Song』は、クルト・ワイル(Kurt Weill)によって作曲、マックスウェル・アンダーソン(Maxwell Anderson)作詞で、1938年にブロードウェイ・ミュージカル、『ニッカボッカー・ホリデー(Knickerbocker Holiday)』で使われたという曲なのですね。1950年には、映画『旅愁(September Affair)』の主題歌として、印象的な数シーンにも使われ、多くのシンガーやミュージシャンがカヴァー。
映画『旅愁』は観たことがないのですけれど
レストランでの食事で、レコードをながめ、お気に入りの曲ということで、聴き、この詞にはちょっと若いけど、というシーン。2:10あたり
この映画で使われていたのは、ヴィクター・ヤング(Victor Young)のヴァージョン。
きょうは、いろいろなカヴァーをまた集めてみました。
数が多いので(特に男性ボーカル)、ちょっとわけて再生リストを作ってみました。ボーカル作品は、だいたいおおまかにクロノロジカルになってます。
この曲、同じシンガーによって何度もレコーディングされているのも特別ですね。こちらには、ひとりのシンガーは1曲にしていますけれど、ビング・クロスビー(Bing Crosby)は、1943年、1977年と2回、そして、フランク・シナトラは、 1946年にシングル、1962年と1965年に。近年では、ルー・リード(Lou Reed)が1985年と1997年に(1985年あたり、オールド・ソングのカヴァー、ほかにも多かったころ)。
時代も、1950年代、1960年に集中していながら、2000年には、ロバート・ワイアットもカヴァーしていますし、いつまでも歌いつがれる人生を歌った名曲スタンダードですね。そのシンガーらしさを感じられるアレンジの幅が広いのも特徴でしょうか、ジェイムス・ブラウンのヴァージョン、いいですね。
男性およびグループ(女性もあり)ボーカル:
女性ボーカル:
インストゥルメンタル:
[人生の秋への準備など]
2011年は、大きな変化があった年。その影響は、自分の生活にもしっかりでているのですけれど、ある意味、これまでのことなど、みつめなおしたり、すこし軌道修正をはかったり、というきっかけになりました。
いままでそのままにしてしまったことをすこしづつ整理をしようと思っていた、年頭のぼんやりした決意も、必然ともなり。まだまだ世の中の状況も、で、いまできることをし、がんばっていかなくてはいけないときなのでしょうけれど。
自分としては、まだすこし気が早いですけれど楽しい隠居ということなど考えていて。
「隠居」というのが、どういう現代の社会で一般的にどのようにとらえられるのかはわからないのですけれど、自分としては、それが、けっこう楽しみで。やりたいことにじっくりと取り組める時間がもてる、これまでよりは、すこしゆったりと充実した、秋の実りのような生活とか、考え。なので、いまちょっと面倒でもやらなくてはいけないことは、いまのうちに。
準備してもすべてが予定どおりにはいかないものですが…
これからさきのことを考えるのはけっこう楽しみ:)
できれば早めに隠居的にしたいという…仕事はできるかぎりしなくてはならないでしょうけれど、楽しみながら
[ちょっと気になり]
今回調べて知りましたけれど、名作映画もの洋画も邦画もDVDけっこう手ごろなのですね。たしかに書店などでも。
(投稿:日本 2011年9月29日、ハワイ 9月28日)
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Now Is The Hour フランク・シナトラ ほか
投稿者 むぎ茶 | 23:38 | 1940年代, 1950年代, 1960年代, ジャズ/ ワールド その他, ハワイ関連 | 0 コメント »約ひと月のハワイ滞在も、いよいよ最後の夜となりました。
今回の滞在は、これから、住処を貸すための準備だったりしたのでした。なので、いつもより、だいぶヘビーに片づけを。
ほんとは、昨日中に荷物はまとめ、今宵は、のんびり(すこししんみり)、などとも思っていたのですが、片づけ、自分としては早めにとりかかっていたのですが、やっぱり前日にばたばたと、です(でも、いつもよりは気分的にも余裕なので、そこは進歩)。一度、パッキング終えて、なんだか詰めすぎだなぁと、再考したり。すこし預けていく荷物があるので、それをやや増で対応にいたしました。
この決断は、今後のための有効策、長期的な将来のことも考えての希望ある選択。でも、やっぱり、ちょっとさみしいです。
今夜は、荷づくりしながら、口ずさんでいたりしていた『Now Is The Hour』を。
Frank Sinatra:Now Is the Hour (Reprise 1962)
この曲にはじめて出会ったのは、うちにあったフランク・シナトラ『Sinatra Sings Great Songs from Great Britain』というアルバムでした。
高校生のころ、父や母の昔のレコードを聴きはじめて、その中でも、このアルバムは、大好きなお気に入り(もちろんいまも大事にしております)。収録曲は、ロンドンのロマンスや旅情を感じるような、とてもとてもすてきなアルバム。
ほんとうに大切な一枚。
このアルバムは、後にして思うと、昔の曲を聴きはじめるきっかけとなったものかも、とも思います。
『Now Is The Hour』、『今し別れの時』という、邦題もよいですね。せつなくもありながら、すてきなメロディー。
その後、ビング・クロスビーやさまざまなシンガーの方たちも歌っていることを知り。シンガー、歌詞も送る立場だったり、去る立場だったり。
きょうも、動画調べてみたら、いままで聴いたことがなかった、マーガレット・ホワイティングなど、すてきなヴァージョンもあったので、ちょっと再生リストに♪
テレサ・ブリュワーのヴァージョンは、ハワイっぽいです(アルバムのテーマがですね)。
Bing Crosby/ Margaret Whiting / Vera Lynn/ Teresa Brewer/ Guy Lombardo and his Royal Canadians/ Marty Robbins Sings/ Frank Sinatra/ Ken Griffin
いろんなヴァージョンがあることを知ったのは、その後、そんなに時間が経ってからではないのですけれど、オリジナルというか、原曲となるものがあったということを知ったのは、何年も経ってからのことでした。
この曲は、もともとは、マオリ(ニュージーランド原住民および原文化)の『o Atarau』フェアウェル・ソングなのですよね。このことは、自分がポリネシア文化に深く興味を持ち、こちら大学にふたたび入って勉強したことで知り。
(同じメロディーで、他の歌詞、賛美歌的なものもあります)
Wiki Baker:Po Atarau
作に関しては、いろいろと、すこし事情があるようですが、クレメント・スコット(Clement Scott)、マエヴァ・カウハウ(Maewa Kaihau)、ドロシー・スチュアート(Dorothy Stewart)ということになっています。
ハワイの歌ではありませんけれど、ここでも、別れの曲として耳にすることも。
また、いつか戻るということで…でした。
船旅時代にくらべれば、飛行機で~、です。
けっこうな時間離れていても、知り合いだけでなく、街のひとも、わたしのことを覚えてくれたりしたの、とてもうれしかったです。住み慣れた地も、今度からは旅人気分で楽しみます:)
(ホテルやコンドミニアムだったら、帰国前の寝具、タオルの洗濯や掃除もやってくれますしね)
(投稿:日本 2011年8月10日、ハワイ 8月9日)
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絵物語作家 山川惣治さん (きっかけ TRA Vol. 4 COMIC SPECIAL)
投稿者 むぎ茶 | 23:32 | 1940年代, 1950年代, 1960年代, 1970年代, 1980年代, ピテカン/TRA関連, 邦楽ポップス&ロック | 0 コメント »いままでも何度か、こちらで触れているカセットマガジン、TRA。
(ピテカン/TRA関連)
どの号も自分の中では、思い入れがある中、Vol.4 "COMICS" 、この号は、コミック・漫画という視覚と物語への感銘、英語やフランス語だけでない多言語への関心、音やその中に込められたメッセージ、感覚的ものに加えて、そこから広がる新たな興味など、あらゆる意味で刺激をうけた、思い入れの強いものでした。
ことあるごとに、あの黄色い表紙のコミックの号と再会したい、と思い、伝えたりしてきたのですが、先日、ついに、その音にまた出会うことができました(涙、涙の再会級)。
この号の中でも、特に夢中になった、ロシア語の朗読とMUTE BEAT(ミュート・ビート)のサウンドでくり広げられた冒険物語、山川惣治氏の「少年タイガー」でした。
TRA SPECIAL COMICS [TRA-S04] (1984年)
新しくもあり、懐かしくもあった印象は、幼い頃にみていた紙芝居とまさに似たような感覚だったのです。当時、山川惣治さんがもともとは紙芝居からその世界を切り開いていったということは知らずに。
(こどもの頃の紙芝居:一般的な紙芝居世代ではないのですけれど、昭和50年代はじめくらいまで生家近くのお寺の側には紙芝居のおじさんきてました)
TRAのコミック・スペシャルへの思い出をきっかけとして、いままで、断片的、部分的にしか触れていなかった、山川惣治さんの作品、また、その軌跡、生涯について、さらに知りたくなり、まずは、入門的に「山川惣治―「少年王者」「少年ケニヤ」の絵物語作家 (らんぷの本)」を手に取り、読んでみることにしました。

この本では、山川惣治さんの代表的作品「少年王者」、「少年ケニア」、「少年タイガー」などの冒険活劇的世界、そのほかのさまざまな作品が紹介され、また、その生涯、インタビューなどの抜粋も。
わたしが、リアルタイムで出会い、目にしたものは「十三妹」(1983年~、これも存在を知ってたぐらい)とビックリハウス(1982年)あたりでしょうか。
絵物語という、山川惣治さんならではのジャンル、その世界、のちの漫画家やイラストレーターの方々への影響(これは自分の推測、想像含む)、また、その人や生涯へと、さらに興味と関心をもつこととなりました。
その代表的な作品たちには、冒険と勇気溢れる世界は、山川フォーマットともいえるであろう、親と生き別れた少年が密林でたくましく成長、動物たちからも信頼をよせられる若き王者となるという、パターンがあるのですが、これは、山川惣治さんご自身の夢でるとともに、戦前、戦後(戦中作品はまた若干異なるものの)と少年たちの夢であり希望の源(そのままではなくとも人生にも置き換えられることは多々あり)。
印象に残ったことや学んだことは、作品、ひととなり、人生すべてにおいて書ききれないほど、ではありますが、エピソードなどのいくつかをこちらに。
[作品・作風・影響]
戦前、少年読み物は小説に挿絵が一般的であたなか、紙芝居という経験から絵物語というジャンルに発展。これは、山川惣治作品によって確立されたジャンルといえる。
漫画への影響。絵物語が登場するまでの漫画は、滑稽なストーリーや風刺などが中心であり、絵のタッチもシンプル。山川作品によって劇画的なジャンルが生まれる。
レコード紙芝居。1930年代、紙芝居からの影響を受け、語りと伴奏が録音されたレコード紙芝居が企画される。初期はリーガルレコード、後期は大日本画劇とコラボでキングレコードが発売。ラジオ紙芝居というものもあった。
レコードとハガキファイの絵がついたもの。原画・作、山川惣治の「爆弾サーカス」、「勇犬、軍人号」などもその中に。
代表作品は、メディアをかえ、さまざまな形でリメイクをさえる。「少年ケニア」は、オリジナル開始は昭和20年代だったにもかかわらず、ラジオ、テレビ、映画となり昭和50年代後半に角川でまた出版される(←企画者の山川作品への愛情、また山川氏への敬意に起因するものが大)
すい子(熱にうなされ病んだ)を抱きかかえるシーン。少年物で、男の子が女の子を抱きかかえたのは「少年王者」がはじめて。新聞にたたかれる。
「おもしろ文庫」、「おもしろブック」ほか。集英社は、山川惣治作品「少年王者」で大きな出版社となった。
この「おもしろ~」は
「おもしろ倶楽部」:ノックノック(NOK)・ニューおもしろ倶楽部 サディスティックス出演
「ロックおもしロック」:ロックおもしロック
なんかとも通じるものが。
山川作品の中の少女たち。初期は、すい子のようにか弱いが、のちは、ケートのように、自らも闘い力及ばぬ場面では助けを求め、最後の十三妹は超人の強さをもつ。ヒロインたちは、時代とともに強くなる。
たくさんの冒険ものや未開の地の作品を書くも、海外旅行は72才。初めてケニアへ。
[生涯・人となり]
本所の製版所での修行時代を経て、22才で紙芝居の制作、貸元「山川美術社」設立へ。のち、そうじ映画社に発展
↑
もともとはファミリーでのバックグラウンドであった菓子屋をはじめようとしていた(山川家は福島の大きな菓子屋であったが事業に失敗し、惣治、2才で上京。本所で育つ。兄と菓子屋をはじめようとした際も事業協力者に裏切られ資金を失う)
戦中に戦争協力思想のある作品などもあったため、戦後すぐには出版界には復帰できなかったが、単行本の挿絵などを経て、また絵物語としての作品が復活。
関東大震災(子供の頃)、戦災では大きな被害をうける(成功したものの)。山川美術社、そうじ映画社と、さまざまな試みと挑戦ののち、タイガー書房というみずからの出版社をもつが倒産。
山手にドルフィンを開店。アメリカ風メニューと眺望で人気店となりユーミンの『海を見ていた午後』にも歌われるが手形詐欺にあう。
※この数々の事業の困難でも、必ず出版社、企画者などのサポートを得る。敬意、愛情、支持。
1992年、84才でお亡くなりになる最後まで、絵の依頼も受けている。最後の依頼者は、山川惣治さんから多大な影響を受けたという横尾忠則さん。
家族による話。本人が漫画のよう。
-ガードレールをまたごうとして「あれ?お父さんがいない。どこだ?」と探すと、ガードレールの向こうに転んで倒れている。
-自転車に乗って川にそのまま飛び込む。
-自転車に乗ってペンキ屋に突っ込む。ペンキだらけになる
-孫との散歩。駅までお使いにいくのにへんな道ばかり通る。いろいろなところをよじのぼったりしながら。
山川惣治さんの人生も波乱万丈、その冒険を乗り越えるある種飄々とした身軽さを常にもっていたような印象も。
きっかけでもある再会、これからも山川惣治さん作品、気にします。さらに、深く触れることができるといいなぁと。
(投稿:日本 2011年5月16日、ハワイ 5月15日)![]()
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明日からいよいよ新学期。こども、新学年のスタートです。
高学年になるのも、楽しみなようで、それなりの自覚をもって臨もうとしているようです。
日本に移って1年半。学校、生活にもすっかり慣れて、すっかり日本のこどもらしく。
でも、勉強の方は、まだまだ克服していかなくてはいけない部分もあり、自分から塾に行きたいと。昨日は、塾デビュー。
背もぐんぐんのびてきて、あっという間に追いつかれちゃうのでしょうね。まだまだ甘えん坊でもあり、すこしむずかしくもなりつつもあり、よい年頃ですね。
いままでのたった10年ぐらいでもいろあったなぁと、思うたび、こどもが幼い頃に大好きで、くり返し、くり返しみていた「ダンボ」。
3歳のときに初めて旅行で日本にきたときにもディズニーランドのおみやげにダンボのぬいぐるみをおじいちゃんに買ってもらって、飛行機に乗るときもずっと大事にもっていたことなども、よい思い出。
そして、なんか似ている気もするのですよね。
いまもテレビでは、アメリカン・クラシックなアニメや仮面ライダー系は一緒にみたりするのですけど、「ダンボ」、一緒にみてくれるでしょうかね。もう少し、大きくなったら懐かしがってみてくれるでしょうか。
Dumbo:Trailer(1941)
曲も大好きなものがたくさん♪
Pink Elephant On Parade(ピンク・エレファンツ・オン・パレード):
これ定期的にみたく、そして聴きたくなります。
Casey Junior(汽車に乗り込め~ケイシー・ジュニア)
Song of the Roustabouts(テント張りの歌)
これも、好きなんですよね。なんとなく。
そして、やっぱりこちら。
Baby Mine(私の赤ちゃん)
泣かないでね~、かわいい坊や~♪
「ダンボ」は、日本語も覚えるようにと、姪っ子からゆずり受けたビデオだったので、日本語。
ダンボは、歌も含め、ほんとは日本語のヴァージョンがお気に入りだったりするのです。
日本語でのヴァージョンのCD、図書館あたりにあるでしょうか。今度、ちょっと探してみることにします。
ダンボ、ほかにもよい曲いっぱいですよね。再生リストにしてみました。
[こどものとりえ]
何事もそつなくな優等生タイプではなく、幼稚園のころから、なんかいろいろと…。
勉強もこれからは本腰いれていかないと、いつまでも、海外育ちの言い訳はいけません。
でも、その年なりにこどもらしく、一緒にいて、とっても楽しいとうことが一番という面では、合格。
新学年、いままで乗り越えてきたことたくさんありなので、これからも、がんばって欲しいと思ってます。
そんな、わが子のとりえ。これだけは、褒められるということがひとつ。好き嫌いがなくたくさん食べる。
こちらに関しては、先生も友だちも感心してくれてるようですw
(投稿:日本 2011年4月5日、ハワイ 4月4日)![]()
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大当りおまじないソング (魅惑のヒット・アルバム 関連)
投稿者 むぎ茶 | 23:45 | 1930年代, 1940年代, 1950年代, 1960年代, 1970年代, ディズニー関連, 映画と音楽, 民謡・童謡・唱歌ほか | 0 コメント »最近、入手した『魅惑のヒット・アルバム 第15集 ゴールデン・ヒットパレード』(1970年、国際情報社)、おなじみサウンドを歌謡オーケストラ・スタイルのインストゥルメンタルでというものなのですが、先日もちょっと触れたのですが、さまざまな分野の方の音楽に向けたエッセイやコメントなど読み物も掲載したレコード・ブック・スタイルのとてもおもしろい企画のアルバムでした。
魅惑のヒット・アルバム 第15集 ゴールデン・ヒットパレード (アルバム)(先日分)
この読み物の部分は、収録曲やそのオリジナルを歌う歌手に関する説明などもあるのですが、掲載されているエッセイは、直接的には関係のない音楽に関するカジュアルなスタイルのものが中心。コーヒーでも飲みながら息抜きに目を通すといった感のライトな感じなのです。ライトとは、言っても、とても興味深いものが多く、せっかくなので、こちらでも _φ( ..)メモ
まず最初に目についた、増淵健さんによるものを。
この増淵健さんのエッセイ、「魅惑のヒット・アルバム集」での連載らしく、ゲバゲバ・ジョッキーというコーナーになっていました(もう、「ゲバゲバ」からして、相当に気になり)。
タイトルは「大当りおまじないソング」というもの(「おまじない」というのも、またさらに…)
| From 魅惑のヒット・アルバム 15 |
当時ヒットした日本でのおまじないソングの話からスタートし、アメリカでのおまじないソングの大ヒットについて触れているもので、このアメリカでの実例が、ディズニーもので、大好きな、元気をくれるおまじないソングに関するものだったので、なんだかうれしくなってしましました :)
わたしにとって、定期的に観なくてはいけない作品のひとつである「メリー・ポピンズ」(持ってるのがUS版のDVDなのが…)からの「幸せをよぶ」おまじないソング、『スーパーカリフラジリスティックエクスピアドーシャス(Supercalifragilisticexpialidocious)』!
Mary Poppins(1964年)
Supercalifragilisticexpialidocious:
とっても楽しい気分にさせてくれこの歌、きらいな人、いないでしょうね。聴いてるだけで、スマイルです。
作はシャーマン・ブラザーズ(ロバート・シャーマンとリチャード・シャーマン兄弟)。
ストーリーはおなじみだとは思いますが、東風にのってやってくるメリー・ポピンズは、みんなをハッピーにしてくれますね。
ストーリー
ディズニーによる映画「メリー・ポピンズ」は、最高に楽しいミュージカル。1964年のアカデミー賞で部門も含め5つのタイトルを受賞、ジュリー・アンドリュースは一躍大スターに。ディック・ヴァン・ダイクもすてきですね。
『スーパーカリフラジリスティックエクスピアドーシャス』だけでなく、『チム・チム・チェリー』、『ステップ・イン・タイム』、おやすみ前の『ステイ・アウェイク』も大好きな曲がたくさん。
この「メリー・ポピンズ」のおまじないソング『スーパーカリフラジリスティックエクスピアドーシャス』がおこした大当りの奇跡は、その後におこったのですね。サントラの売り上げはものすごい勢い。さらには、ディズニーのいままでの他作品のサントラも、いっきに売れ出したそうです。
いままで、レコードの売り上げとか、ということはいままでまったく知らなかったのですが、ディズニーの中でも、レコード部門というのは、それまでは、ちょっと肩身のせまい思いをしていたそうです。
メリー・ポピンズは、このレコード部門にも幸せを運んできてくれたのですね。この年のディズニーのレコード売り上げは、年間で800万ドルにもおよんだそうです。当時の金額ですから、ものすごいセールスですね。そして、これはアメリカだけの数字なので、世界中ということだと、いったいどのくらいなのでしょう。
もともとディズニーには、おまじないソング、不思議な言葉の歌は多いですよね。日本語でもおなじみ。詞、アレンジともにヴァージョンもいろいろあったり、映画以外でも歌われているものばかり。
おとなもこどもも同じ楽しいときはもちろん、かなしいときやつらいとき、口ずさみたくなるのがしあわせを運んでくれるおまじないソング :D
「白雪姫」の『ハイホー』:
Heigh-Ho - Snow White and the Seven Dwarfs(1937)
シンデレラの『ビビディ・バディ・ブー』:
Bibbidi-Bobbidi-Boo:Cinderella (1950)
ビビディ・バビディ・ブー:東京放送児童合唱団
東京マイスタージンガーとバックのサウンドが気になります。
「ソング・オブ・サウス(南部の歌)」の『ジッパ・ディー・ドゥー・ダー(Zip-A-Dee-Doo-Dah)』
Zip-A-Dee-Doo-Dah:Song Of South (1946)
みんなが大好きな曲ということで、カヴァーもさまざまなヴァリエーション。テレビのライブ映像でとてもすてきなものがありました。
Alan Price, Georgie Fame & Thelma Houston - Zip-a-Dee-Doo-Dah(1969)
ジャクソン5のヴァージョンもよいですよね~♪
The Jackson 5 - Zip-a-Dee-Doo-Dah
「最高にしあわせ」の『バイ・ヤン・パン・パン 』:
Bye-Um-Pum-Pum:The Happiest Millionaire(1968)
レコーディング・ヴァージョン
増淵健さんいわく、こういった曲を織り込むことそのものが、ディズニー自身のおまじないだったのではないかと。きっとそうですね。大当たりおまじないというだけでなく。
Supercalifragilisticexpialidocious♪
とっても楽しいテレビ放送ものみつけました:D
アンディー・ウィリアムス・ショーに出演のジュリー・アンドリュースとオズモンド・ブラザーズ
Julie Andrews and the Osmond Brothers:Supercalifragilisticexpialidocious
Andy Williams Show from November 30, 1964.
(投稿:日本 2011年3月10日、ハワイ 3月9日)
『Zip-A-Dee Doo-Dah』こちらのヴァージョンもよいですね。
BOB B SOXX & THE BLUE JEANS Zip-A-Dee Doo-Dah NOV '62
(投稿:日本 2011年4月3日、ハワイ 4月2日)
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HAWAII SHOCHIKU ORCHESTRA (続き)
投稿者 むぎ茶 | 23:25 | 1930年代, 1940年代, 1950年代, ジャズ/ ワールド その他, ハワイ関連, 日系人/ ハーフ | 0 コメント »昨日からのつづきで、ハワイの日系二世オーケストラ、HAWAII SHOCHIKU ORCHESTRA(ハワイ・ショーチク・オーケストラ/ ハワイ松竹オーケストラ)。
まずは、当時のハワイの日系二世ミュージックを少し。日系オーケストラやジャズの活動は、1930年代あたりからはじまり、戦後、1940年代後半から1950年代にかけて、バンドの数も一気に増え、黄金期には、ハワイだけで、50近くのジャズ・オーケストラが存在。そして、音楽だけではなく、エンターテイメントもともなう見せるスタイルというスタイルが確立していったようです。
CLUB NISEI ORCHESTRAと人気を二分していた、HAWAII SHOCHIKU ORCHESTRAの特徴は、昨日も触れましたが、沖縄民謡もてがけたということであったり、オリジナル曲は、日本でも人気となったのですね。
そのステージは、3時間におよび、バラエティーに富んだもの。子どもたちによるパフォーマンスやマジック、寸劇、コメディーなども、というスタイルだったとのこと。
メンバーは、フランシス・ザナミとマサジ・ウエハラを中心に、グレイス・アメミヤ、ハルオ・アオヤギ、タカシ・フジカワ、チヨコ・イダ、ヒロシ・クマガイ、サダメ・ミヤズ、ノブオ・ニシモト、グラディス・オモト、テッド・シマブクロ(←CLUB NISEI ORCHETSRAのテッドさん?多分、そうですね)、ナオユキ・タカオカ、ドリス・タケタ。
脱線:フランシス・ザナミさんは、LOVE'S BAKERY で働いていたということにかなり反応。
LOVE'S BALERY
今回、購入したCDは『PARADISE HONOLULU パラダイス・ホノルル』。収録曲は以下に。いろんなメンバーが歌っているのも、SHOCHIKUならではなのですね、きっと。
そのほかに、CDとして在庫がなかったものはAmazonのMP3で数曲、購入してみました。
沖縄民謡の『Asatoya Yunta (Song of Asatoya)』と『Ame no Hi Romance (Rainy-Day Romance)
』など。
『雨の日ロマンス』は、チヨコ・イダさんの歌うナンバー。とってもすてきです。
よくさがしてみたら、こちらにもありました:)
HAWAII SHOCHIKUが!しかもこの曲とは!
「新宿 雨のゴールデン街」と題されたすてきな映像。
Hawaii Shochiku Orchestra:Ame no hi Romance (Rainy-Day Romance)
歌唱:チヨコ・イダ
+++++++++++++++++
PARADISE HONOLULU パラダイス・ホノルル:収録曲
*=日本曲その他カヴァー
1. Paradaisu Honoruru(Paradise Honolulu)
歌唱:ノブオ・ニシモト、グレイス・アメミヤ
作詞・作曲:レイモンド服部
ハワイ的要素がたっぷりながら、日本情緒たっぷりな。
2. Asataro Zange
歌唱:タカシ・フジカワ
3. AJA Koshin Kyoku
歌唱:ナオユキ・タカオカ
米本土とハワイ出身者で編成された日系二世部隊、第442連隊戦闘団を称えた曲。
4. Ikoku No Oka *
歌唱:ハルオ・アオヤギ
5. Kosame No Oka*
歌唱:チヨコ・イダ
6. Hoshi Kage No Komichi*
歌唱:テッド・シマブクロ、グレイス・アメミヤ
このヴァージョン、すごくすてきです!!
7. Asu No Kadode
歌唱:テッド・シマブクロ
8. Jonetsu Musume*
歌唱:チヨコ・イダ
9. Ie Rai Shan*
歌唱:チヨコ・イダ
10. Tsubaki Saku Shima*
歌唱:チヨミ・フルカワ
11. Kagoshima Ohara Bushi*
歌唱:チヨミ・フルカワ、カツオ・アラカキ
12. Waikiki No Yoru
歌唱:チヨミ・フルカワ、カツオ・アラカキ
灰田晴彦さんも歌ってらっしゃいますね。オリジナルはハワイなのでしょうか。
13. Koyoi Mo Oka De
歌唱:テッド・シマブクロ
作:レイモンド服部
ロマンチックなワイキキの夜の歌。
14. Aoi Sanmyaku*
歌唱:ヒロシ・クマガイ
15. Hoshi Furu Nagisa
作:レイモンド服部
歌唱:タカシ・フジカワ
その名のとおり星の渚の。
16. Hawai Butai
歌唱:ハルオ・アオヤギ、タカシ・フジカワ
ハワイの日系二世部隊、第100歩兵部隊に捧ぐマーチ
17. Honoruru No Lei Uri Musume
歌唱:グレイス・アメミヤ、チヨコ・イダ
作:レイモンド服部
こちらもすてきなナンバー。レイ売り娘を歌ったもの。
18. Itoshi No Kadode
歌唱:チヨミ・フルカワ
作曲:フランシス・ザナミ
完全、HAWAII SHOCHIKU ORCHESTRA オリジナル。ヨーロッパ戦線へ向う兵士の気持ちを歌ったもの。
19. Kyo Ware Ren Ai Su
歌唱:テッド・シマブクロ
竹山逸郎さんでヒットとなったこの曲、作はテッド・シマブクロ(?)なのですか?解説が時折わかりづらく…
20. Gunjin Hanayome
歌唱:トオル・ミヤカワ、グレイス・アメミヤ
戦後、ハワイに嫁いだ戦争花嫁を歌ったもの。希望に満ちたアメリカの生活という。
(投稿:日本 2011年2月23日、ハワイ 2011年2月22日)
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HAWAII SHOCHIKU ORCHESTRA
投稿者 むぎ茶 | 0:17 | 1930年代, 1940年代, 1950年代, ジャズ/ ワールド その他, ハワイ関連, 日系人/ ハーフ | 0 コメント »本日、ちょうど、外出予定もあったので、青山のTAMBOURINE GALLERY(タンバリン・ギャラリー)での「ハワイ日系二世の記憶」写真展に行ってきました。この写真展は、主催の松元裕之さんという方が現在制作されているドキュメンタリー映画の一環ともいえるようなもので、約25人の日系二世の方の若い頃のお写真と現在の写真、そこに「NISEI」としての思い出やエピソードなどが添えてありました。
TAMBOURINE GALLERY:松元裕之『ハワイ日系二世の記憶』写真展
わたしも、すこし前に、こどものころからずっとお世話になっていた日系二世の知人を亡くし、この10年ほどで変わってきている、この世代の方の残してきたものをなんらかの形で残していかなくてはいけないなぁと、このところ、特に感じています。
つい、先日、入手した日系二世もの、まだこちらにまとめていなかったので、本日は、HAWAII SHOCHIKU ORCHESTR(ハワイ・ショーチク・オーケストラ/ ハワイ松竹オーケストラ)について書いてみることに。
HAWAII SHOCHIKU ORCHESTRAは、1940年代、ハワイの日系音楽シーンで大活躍したオーケストラ。以前にも書いたCLUB NISEI ORCHESTRA と人気を二分していたというたいへんにポピュラーな方たちだったそうです。
Hawaii Shochiku Orchestra:Paradise Honolulu
作曲:レイモンド服部
レコーディングは、正確な年号はわからないのですけれど、主に1947年から1950年にかけて多くが行われたようです。CLUB NISEI ORCHESTRAが、アメリカ的なものに日本文化をさせていたのに対し、このHAWAII SHOCHIKU ORCHESTRAはどちらかというと日本の曲をアメリカ的な手段でというような『安里屋ユンタ』など、琉球民謡を積極的に演奏したのも、特徴だったそうです。
中心メンバーは、フランシス・ザナミさんとマサジ・ウエハラさん、沖縄系日系二世。現在もホノルルのダイアモンドヘッド近くにある町、カイムキにある楽器屋さんHarry's Music Storeのオーナー、ハリー・吉岡さんもこのSHOCHIKUのトランペッターだったでのですね!(ハワイのスクールチルドレン、音楽やってる子たちにもおなじみの楽器屋さん。たて笛とかそんな感じのものもおいてます)
さきほど、レコーディングに関しては1940年代後半とあげていますが、フランシス・ザナミさんとマサジ・ウエハラさん二人がなんらかの形で音楽にたずさわっていたのは、1930年代から。
前身は、SMILE CAFE ORCHESTRA、もともとは、URUMA ONGAKUDANからスタート。
レイモンド服部氏との交流も深かったようで、先の『Paradise Honolulu パラダイス・ホノルル』のほか、『Honolulu Lei Selling Girl ホノルルのレイ売り娘』(なんか英題が直訳すぎて不思議な感じw)なども。
そのほか、レイモンド服部氏作曲以外にも、SHOCHIKUの特徴としては、ハワイ・オリジナルの日本語曲を数多く演奏していることも、あげられますね。
日系アメリカ大隊である第100大隊のマーチ『Hawaii Battalion ハワイ部隊』や『War Bride 軍人花嫁』など、時代を反映した曲を演奏していることも特徴です。
CLUB NISEI ORCHESTRAもそうですが、オーケストラ・シーンでの女性の活躍も興味ありです。SHOCHIKUには、CLUB GINZA GIRLSもかかせないようですし。
このあたりの音源、最近、すこしづつCD化されてきているようですね。レコードという形でも残っていないものがあったりするので、これは、音楽のみでなく、日系二世の軌跡を伝えるためにもよろこばしいことではないかなぁと思っています:)
アメリカのもの、ライナーノーツなど資料があまり十分でないことが多いのですけれど、このCDは珍しくくわしい情報が。せっかくなので、明日はもう少し、くわしい変遷と曲について、書いてみようと思います。
(投稿:日本 2011年2月22日、ハワイ 2011年2月21日)
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