ラベル 1950年代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 1950年代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

前々からなんとなく気になってはいたのですけどね、というお題、やっぱりもっと知りたいよぉと再燃。早速資料として、邱淑婷著『香港・日本映画交流史―アジア映画ネットワークのツールを探る』を調達です。

きっかけは、先日、馬場正道さんDJでのTiki Radioでの『チャイニーズ7インチ』テーマからでした。

その中の一曲がこちら。

我是個鼓手(電影青春鼓王主題曲1967年)-凌雲(リン・ユン)

この曲、映画『青春鼓王(Qing chun gu wang ) King drummer 』での主題歌、挿入歌なのですが、そこでの気づき。『青春鼓王 』って、『嵐を呼ぶ男』の香港版ですね。この映画、かなり人気となったようで、いまでも「青春鼓王」というフレーズはたとえの表現としてもよく使われてるみたいで、「太鼓の達人」とかの動画にもタイトルなどにも使われてたり、です。

この曲も、ざっと調べたかぎりでも、3つのヴァージョンがみつかりました。広東語とかわからないので、漢字や英語で書いてある説明からのからのたぐりではありあますが、動画にあった解説コメントやそのほかの情報あつめてみました。

青山 -《青春鼓王》
1969年、アルバム『船』より

謝雷 - 青春鼓王
アルバム『青春鼓王/夕陽』収録だそうです。

映画はこちら。

青春鼓王 (1967)

映画の公開は、1967年11月16日。制作は香港なのですが、さきにも述べましたように、『嵐を呼ぶ男』からのリメイクで、井上梅次さんが監督。そして、この主題歌の作曲は、あの服部良一さんなのですね。作詞は、蕭篁。

これから読もうと思っている『香港・日本映画交流史―アジア映画ネットワークのツールを探る』は、井上梅次監督のことはもちろん、服部良一さんと香港映画という項目などもあり、アプローチとしては、かなりアカデミックですが、興味深いトピックばかり。

『嵐を呼ぶ男』のほか、日活作品では、『青春ア・ゴーゴー』リメイクの『青春阿哥哥』なども…

日本と香港の映画交流、井上梅次監督とショウブラザーズの関係から生まれた作品、また、東宝では、電懋との合作という路線で千葉泰樹監督での宝田明と尤敏の「香港」シリーズなどがあったり。県洋二振り付けでの電懋ミュージカルなども。香港映画においての日本の影響の大きさは思っていた以上なのですね。日本サイドでは同時期に、黄金期をすぎた経営のみなおしと、テレビの進出、なんとか海外へ活路をみいだそうという方針もあったよう。そんな中、井上監督以外にも招かれた日本人監督はほかにもいたわけですが、香港作品を撮るということでの心理、技術のちがい、土壌のちがいなどもいろいろあったようで。また、それ以前、さかのぼって戦前のことなども書かれているようなので、読みすすめるのが楽しみです。

(投稿:日本 2012年11月23日、ハワイ 11月22日)


にほんブログ村 音楽ブログへ

先日、BS-TBS「水曜デラックス」で放送されていたブリジット・バルドー主演の『殿方ご免遊ばせ』(原題: Une Parisienne)を途中からではあったのですけど観賞いたしました。

タイトルは知ってはいながらも、初めて観たのですが、ミシェル・ボワロン監督でコメディタッチの 軽快な作品ですね。出演は、役名もブリジットなブリジット・バルドーのほか、アンリ・ヴィダル、シャルル・ボワイエ、ナディア・グレイ、アンドレ・リュゲ。
あらすじと作品情報

Une Parisienne trailer
予告解説は英語。当時、日本での公開も本国フランスと1週間程度の差だったようですし、各国上映、BB(べべ)の人気を感じます。

1957年ということで、この映画でのBBは、キュートなわがままお嬢さんといった感じで。セクシーでありながらもわいらしさたっぷりのコケティッシュな雰囲気。ストーリー云々というより、BBの魅力とファッション要素満載の楽しい作品といった感じですね。と作品最後に、この曲 (予告編でも一部が使われてます)。

B.O du film "Une parisienne" ♫ Paris B.B ♫ Chant : Christiane Legrand
Henri Crolla/André Hodeir/Hubert Rostaing

あーっ、このかっこいい!ぜったいどこかで聴いたことある!そして、この声は!
と少々検索で、やっぱり。
クリスチャンヌ。クリスチャンヌ・ルグラン(Christiane Legrand)。
そういえば、どこで聴いたかというと、濱田高志さんの「ヒットメーカーが語る 作品誕生秘話 TV AGE」講座で、昨年の他界後の同講座「クリスチャンヌ・ルグラン追悼」的なときに、だったのだと思います(きしくも、この映画、テレビでの放送もクリスチャンヌの一周忌、ご命日でした)。

たしか、そのときもすごく感覚にきたのです、この曲、特に。
高音でスタイリッシュなボイス。

映画作品とともに聴いて、いかにこの曲が作品中のブリジットの雰囲気を引き立てているかも、よくわかります。

『殿方ご免遊ばせ』でのクリスチャンヌのスキャット、こちらの"Duo du Balcon"も。

Christiane Legrand - Une Parisienne OST - Duo du Balcon - French Scat Jazz
Henri Crolla - André Hodeir - Hubert Rostaing

これ、アンドレ・オデール(André Hodeir)、アンリ・クローラ(Henri Crolla)、もですね。演奏もかっこいいです。
クリスチャンヌ・ルグラン。1957 年というと、多分まだジャズ・ボーカル・グループ"Les Double Six"の前でしょうか。"Blue Stars Of France"で活動の頃でしょうか。名前がクレジットされているワークの中では、初めのころの作品ですね。

そういえば、映画でのアンリ・ヴィダル演じる大統領秘書官(ブリジットの旦那様)の役名は、ミシェル・ルグランだったりもします:) おもしろい。

(投稿:日本 2012年11月4日、ハワイ 11月3日)


にほんブログ村 音楽ブログへ

局の個性あり、味わい深く、大好きなカテゴリーである、テレビやラジオの放送終了、クロージング映像。いろいろな局のものをよく動画サイトなどでながめているのですが(いままでもいくつか、その線での投稿もしてますが)、ちょうど1年半ほど前にたどりついたのが、この「1985年当時のTYS・テレビ山口のクロージング」。

テレビ山口クロージング
1985年当時のTYS・テレビ山口のクロージング

眠るお人形さんの映像もかなり好きな感じなのですが、たまらなく惹かれたのが、BGM。ヴァイオリンの奏でるどこか懐かしくせつない響きにジャズ・アレンジ。あぁ、これなんていう曲だろう、だれの演奏なのだろう、と。ときどきむしょうに聴きたくなっては、この動画を眺めており。

先日も、また聴きたくなって…視聴。
あっ、そうか、Shazam使って調べたらわかるかもと思い…。
そして、ようやく。アンドレ・プレヴィンとヴァイオリニストであるイツァーク・パールマン(Itzhak Perlman)"Little Face"という曲だということがわかり(よくよく考えたらというか、気づいたら、youtubeには一部楽曲には自動紹介リンクもつくようになったのですよね。初めてみたときにはなかったけど、現在は情報ちゃんとありました)。

というわけで
シェリー・マン&ヒズ・フレンズ マイ・フェア・レディ (Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady)
アンドレ・プレヴィン/ カル・ジェイダー/ デイブ・ブルーベック ウエスト・サイド・ストーリー
など、シェリー・マン(Shelly Manne)とアンドレ・プレヴィン(Andre Previn)のこと、気になりのきっかけはテレビ山口のクロージングからだったのでした。

"Little Face"収録のアルバムは、1980年の『Different Kind of Blues』。演奏は、アンドレ・プレヴィン(ピアノ)、イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)、シェリー・マン(ドラムス)、ジム・ホール(ギター)、レッド・ミッチェル(ベース)。

ジャズ、映画音楽からクラシック中心となっていたプレヴィンのひさしぶりのジャズの仕事だったのですね。ここで、あらためてアンドレ・プレヴィンの経歴を。アマゾンのアンドレ・プレビン バイオグラフィーから転載です

「現代を代表する指揮者、ピアニスト。10代のうちからプロフェッショナルなキャリアを歩み始めた天才児であった。彼の激しく打ちつけるピアノのスタイルは、時にその繊細なタッチで聴衆の心に染み入るものでもあった。ドイツに生まれるが、ナチスから逃れフランスへ渡り、パリ音楽院で学んだ。その後、アメリカへ渡り、映画音楽家やジャズ・ピアニストとして名声を得る。同時にサンフランシスコ響の音楽監督 モントゥーに師事し、1962年セントルイス響を指揮して、クラシックの分野における栄光の道を歩み始めた。68年にはロンドン響の音楽監督に大抜擢され、その後は着々とキャリアを積み、現在の地位を獲得した。柔軟な音楽性をもち、ピアニスト、音楽解説者、作曲家としても有名で、また、ジャズ・ピアニストとしての活動も中断することなく続けている。」

監修やアレンジ、アカンパニスト(伴奏者)としてのワークもたくさんで、じぶんが持ってるもの中でも、ジュリー・ロンドンのものなど、プレヴィン関連ワークはありました。

アルバム8枚分の4枚CDであるらしき、お手頃セット『Eight Classic Albums』もあったりするので、ちょっと欲しいかなとか。

ラス・フリーマンとの2ピアノな『Double Play! [Analog]』(1959年)もよさそうで(ドラムスはシェリー・マン)、先のセットにも入ってるけど、ジャケットすてきなのでアナログ欲しいかなぁとも思ったり…

Andre Previn, Russ Freeman, Shelly Manne - Take me out to the ball game (1959)

…そんな、いろいろだったりしています。

(投稿:日本 2012年11月2日、ハワイ 11月1日)


にほんブログ村 音楽ブログへ

ミュージカル作品のジャズ・アルバムでは、『マイ・フェア・レディ』(シェリー・マン&ヒズ・フレンズ)につづくのが、『ウエスト・サイド・ストーリー』ということで、そんないくつかの作品も聴いてみたくなり…。

1962年リリースのオスカー・ピーターソンのアルバムもよく知られていますが、1957年舞台初演から近く、1961年の映画化前のものをちょっと調べてみました。

このミュージカル作品の大ヒットの所以は、20世紀アメリカ・ニューヨーク版「ロミオとジュリエット」といえるストーリーであると同時にレナード・バーンスタイン手がける音楽であるわけですが、この時期のカヴァーもすばらしいものばかりですね。

これまた知らずだったのですけど、アンドレ・プレヴィンの他も、カヴァーしてたのは、じぶんのテイストにあうなぁと他の作品でも気に入っているウエスト・コースト・ジャズの方々。まだアルバム通しで聴いてはいないのですけど、よさそうなものばかりですね。近日入手でのメモとして、それぞれのアルバムから試聴で気に入ったナンバーなどを。

<アンドレ・プレヴィン Andre Previn>
まずは、アンドレ・プレヴィン&ヒズ・パルズの『West Side Story 』から。

このアルバム、アンドレ・プレヴィン(Andre Previn)がメインの名義ですが、「ヒズ・パルズ」ということでの友情メンバーは、シェリー・マン(Shelly Manne)とレッド・ミッチェル(Red Mitchell)。1959年リリース。

Andre Previn and His Pals Shelly Manne & Red Mitchell:America(1959)
シェリー・マンのドラムス効いてますね。そしてつくづく、プレヴィンのコードセンスは苦みばしっていて、きりっとスタイリッシュ。

<カル・ジェイダー Cal Tjader>
つづいて、この方ヴァージョンもあったのかぁ、というのが、カル・ジェイダー(Cal Tjader)。

ファンタジー・レーベル(Fantasy Records )で、アレンジとピアノは、クレア・フィッシャー(Clare Fischer)。シェリー・マン(Shelly Manne)とレッド・ミッチェル(Red Mitchell)は、この作品にも参加してるのですね。1960年リリース。

Cal Tjader:Cool(1960)
ヴィブラの音色がまさにクールで、涼しげ、且つかっこよしです。

<デイブ・ブルーベック Dave Brubeck>
そして、デイブ・ブルーベック(Dave Brubeck)もカヴァーしてたのですね。
サックスはもちろんのポール・デスモンドで。いま出ているCDでのヴァージョンは『ウエスト・サイド・ストーリー』からのカヴァーが全曲ではないようですが、ジャケットもですけど、アルバムの構成もバリエーションがありですね(バーンスタイン・オーケストラのものももともとはいっしょに収録されていたのだとか)。1960年リリース。(Paul Desmond)

さておき

Dave Brubeck Quartet :Maria(1960)
ならではなリズム変化、それでありながら、流れるような軽さのサウンド展開がすてきですね。デスモンドのサックスも歌ってます。

(投稿:日本 2012年10月31日、ハワイ 10月30日)


にほんブログ村 音楽ブログへ

こんな名盤、なんでいままで知らなかったのかな。もっと早く聴いてればよかった、いや、出会えただけでもよかったと思おう。
そんな気持ちで、シェリー・マン&ヒズ・フレンズの『マイ・フェアレディ(Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady)』をここ数日くり返し聴いております。

このアルバムにめぐりあえたのは、ちょっとしたきっかけあって(「ちょっとした」とはいってもかなり長い気になりが引き金となったのでそちらは「つづき」に)、シェリー・マン(Shelly Manne)とアンドレ・プレヴィン(Andre Previn)のワークをたどったりしてことから。

曲の試聴で、そのすばらしさにノックダウン状態。まいってしまいました。

Shelly Manne and His Friends:I Could Have Danced All Night (1956)

ありえないほど洒落た不協和音スパイスが効いたピアノ、クールにドタバタ(よい意味で)なドラムス。シェリー・マンとアンドレ・プレヴィン、ルロイ・ヴィネガーというトリオならではのサウンド。
なんと言い表せばよいのやら。でんぐり返し的というか、なんというか、のたうちまわりたいような感動を覚えました。

即、アルバム入手し、通しで数回、また数回と。
じつにかっこいいですね。もう、そのひと言につきるかと。

スタイリッシュでマニッシュ、と同時に、フェミニンでエレガントなソフィスティケーションも。相反するようなこの感覚が絶妙に共存してて。

全曲すばらしい。中でも、先の"I Could Have Danced All Night"は格別ですが、"Ascot Gavotte"なんかもかなり好きです。

Shelly Manne and His Friends:Ascot Gavotte

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』がもすばらしい作品であり、という前提もあるので、そんなこんなもすこし。

『マイ・フェア・レディ』の原作はジョージ・バーナード・ショーにより戯曲として制作された『ピグマリオン』。「ミュージカル」というフォームをバーナード・ショーは好まず、存命中はミュージカル化はならず。
没後、作詞・脚本アラン・ジェイ・ラーナー、作曲フレデリック・ロウでミュージカル化となり。
(タイトルの変更も成功であったと思われ。でも、エピソード記載すると長くなっちゃうのでくわしくはこちら参照
ジュリー・アンドリュースを一躍有名にした作品ですが、また逆もしかりで、ジュリー・アンドリュースがまさにふさわしくイライザを演じたから、ともいえるのでしょう。
(自分としてはなじみがあるのは1964年の映画版(アンドレ・プレヴィンが音楽監修してます)であるオードリー・ヘプバーンのヴァージョンですが、舞台としてはいかにジュリー・アンドリュースが生き生きと演じそうかは想像でき)

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』は1956年3月初演で、瞬く間に大ヒット。

話をアルバムにまた戻しまして。

それまでも、ミュージカルの主題歌や使用曲がジャズ的に要素のものなどはあったものの、ミュージカルの楽曲を独立したアルバムとして、ジャズ・アレンジし、リリースしたのは、このシェリー・マン&ヒズ・フレンズの『マイ・フェアレディ(Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady)』がはしりなのですね。録音は同年の8月ということで、半年もたたずして。

『マイ・フェア・レディ』そのものの人気もさることながら、このアルバムのサウンド・性格そのものもイライザっぽさをもっているし。名作、名盤ですね。

当時、最も売れたジャズ・アルバムといわれたそうで。

それが、約55年前。いまでも、生き生きとフレッシュで、ありえないほどすてきなノリと洗練された完成度。不朽。
名盤というものは、色あせないものなのだなあとつくづくなのであります。

Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady
再生リスト
動画に上がってる分で再生リストもつくってみました

(投稿:日本 2012年10月27日、ハワイ 10月26日)


にほんブログ村 音楽ブログへ

日活関連でのある意味つづきですね。先日、川崎市市民ミュージアムで現在開催中の『日活創立100年記念資料展』を見に行ってきたのですが
そのときのメモ:日活創立100年記念資料展などなど 川崎市市民ミュージアム
(週末には上映会も。スケジュール→川崎市市民ミュージアム:日活100周年記念上映 日活アクションの世界)。
日活所蔵のポスター、小道具の数々、展示室のほかに、エントランスに、『嵐を呼ぶ男』で使われた石原裕次郎さん演ずる国分正一(役)の”S.Kokubu”名入りドラムがあったりして

あらためて、『嵐を呼ぶ男』が観たくなり…

この作品は、上映会でも予定されていないようだったので、自宅でDVD観賞と決めこむことに

『嵐を呼ぶ男』、観賞は、かなりひさしぶり。このところで、かなり観賞の視点もまたかわってきていることもあり、前とはちがった意味で、細かないろいろかなり楽しみながら、でした。

再度観ようと思ったきかっけも、そもそも、その細かないろいろもきっかけだったり。

ほんの最近知ったことなのですけど、裕次郎さんの国分正一ドラムのアテレコは、おなじみ主題歌も含め、白木秀雄さんだったのですね。そして、さらには、笈田敏夫さん演ずるチャーリー・桜田のドラムは、猪俣猛さんだというではないですか!前に観たときとか、あまり深く考えてなくて、あまりそういうこと、気にしてなかったのですよね。

…たしかに出てますね、クレジットも。オープニングに、演奏、白木秀雄クインテット、渡辺晋とシックス・ジョーズと。劇中での、シックス・ジョーカーズというバンド名も似ていたり(渡辺晋さんは、ドラム合戦シーンときはチャーリー・桜田の方のバンドですが)。まったくもって、でした。たしかに、前に観たときは、まだこの時代、50年代の日本のジャズ、把握できてませんでしたからね…

この動画、よくまとめてくれてますね。あらためてすてきに感じてたオープニングの銀座のネオン(「夜の帳とともに美しいネオンの花が咲く…」。ナレーションもよいです)、国分正一がメディアに取り上げられていく記事いろいろのシーン(レコードプレーヤーもすてき☆)など、そのほかも、チョイスがかなりよく。

石原裕次郎「嵐を呼ぶ男」ベストシーン

映画簡単データ簡単。

嵐を呼ぶ男: 公開:1957年12月28日 原作、監督:井上梅次 音楽:大森盛太郎 出演:石原裕次郎、北原三枝、金子信雄、笈田敏夫、岡田真澄、白木マリ、芦川いづみ、光沢でんすけ他 キャスト

『嵐を呼ぶ男』は、当時のトレンディー要素たっぷりの作品ということは十分にふまえていたつもりですが楽しみ要素盛りだくさんですね。セットで撮影ならではの流行要素強調や美弥子と正一の暮らしの対比だったり。バーの名前とかひとつひとつおっちゃいます。あとは実写のネオンも)。再確認したい部分もあり、細かな部分をチェックしながら近日中に再度観賞となることでしょう。

出演も、平尾昌晃さんもはじめの方にちょっと出てきたりとか。役どころも、北原三枝さん演ずるマネージャー美弥子は、あの渡辺美佐さんをイメージとしているとか(渡辺晋さんとともに渡辺プロダクション創立)。バンドメンバー含め、気にしたいとこ、美術、演出、キャスト、きりなく。

話題もどしまして、なんといってものサウンドですが。
すべてがかっこいいですね。お店シーンで演奏されているナンバーだったり、音大生の弟、英次が作曲という設定でピアノで弾いてる曲とかもよいのですよね。実に、実に、音楽映画な部分が多く、さりげなくおりこまれてる音、曲がほんとすてきです。
バンドメンバー含め、どの部分が誰の演奏なのかなどなど、気になりひとしきりです。ある程度のデータがないと追いきれない部分もあるのですが…

関連を調べてみたところ、「日活所蔵6ミリ・サウンドトラック・テープを元に、映画には使用されなかったプレスコ・ナンバーまで全53テイクを収め…」というサントラCDが出てるのですね。

嵐を呼ぶ男(オリジナル・サウンドトラック)

内容紹介には
「石原裕次郎のドラムは実は白木秀雄が、敵役・笈田敏夫のそれは猪俣猛(当時若干21歳)が叩いている。そのドラム・ソロ(マックス・ローチ的アプローチが聞ける)10数テイクを始め、松本英彦(テナー・サックス:劇中にも出演)や河辺公一(トロンボーン)らが参加したスイング・ジャズ~モダン・ジャズ演奏の数々を収録。日活所蔵6ミリ・サウンドトラック・テープを元に、映画には使用されなかったプレスコ・ナンバーまで全53テイクを収め、公開から53年目にして初めてCD化。日本ジャズ史の新たな発見です。なお、裕次郎の主題歌は収録されていません。」
とあるのですが。データとかも詳細だったりするのかな。主題歌は収録せずということですが、浸透しているためかぶりもあるだろうし、これを買うひとなら持ってるでしょう、ということからでしょうか。
これ、欲しいかも…です。

(投稿:日本 2012年10月10日、ハワイ 10月9日)


にほんブログ村 音楽ブログへ

先日、じぶんのもっているヴァージョンで聴いて、つくづくかっこいい曲だなぁと思った『OLEO』、何気なく聴いていつつ、あまりくわしいことを知らなかったのでちょっと調べたことのメモ φ(.. )

『OLEO』は、ソニー・ロリンズ作曲のナンバー。マイルス・デイヴィス(Miles Davis)の『Bags' Groove』に最初に収録。
このアルバム、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)のほか、ミルト・ジャクソン(Milt Jackson)、セロニアス・モンク(Thelonious Monk)、ホレス・シルヴァー(Horace Silver)、パーシー・ヒース(Percy Heath)ケニー・クラーク(Kenny Clarke)、も参加していて、あらためて、すごいメンバーですよね。

Miles Davis Quintet:Oleo(1954年)



その後は、多くのアーティストがカヴァー、さまざまなヴァージョンが存在しますが、共通の「かっこよさ」は、ここかぁと…この曲のもつ絶対的な特徴って、リズム・チェンジとなんともいえぬ絶妙なズレのような。ビバップな感じ特有の。

Bill Evans:Oleo



Pat Martino:Oleo(2001年)
こちら、パット・マルティーノの比較的最近のもので、とってもよいなぁと。アルバム 『Live At Yoshi's』



秋吉敏子さんのトシコ・マリアーノ時代のものもとてもとてもよいです。

Toshiko Mariano Quartet:OLEO(1963年)
このひとの、演奏しながらのスキャットは、ほんとかっこいいです。アルバム『トシコ=マリアーノ・クァルテット』収録。



ソニー・ロリンズとしてのものもいくつかですけど(もちろんライブではたくさんでしょうね)、こちらはかなり高速のヴァージョン。

Sonny Rollins:Oleo(1959年)
Trio in Stockholm




で、曲名の『OLEO』ですが、カタカナでみてたので、あ、「オレオ(OREO)」とかって思ったのですが…そちらではなく。でも、やっぱり食べ物系なのですね。

「OLEO」は、oleomargarineに由来しているそうで、これ、いわゆるマーガリンのことで。

「名称としてのマーガリンは、1813年にフランスの化学者であるミシェル=ウジェーヌ・シュヴルールが、動物性脂肪の研究からマルガリン酸を発見したことに遡る。マルガリン(またはマーガリン)という言葉はギリシャ語の margarite (真珠の意)に由来しており、真珠のように美しく輝くという性質を表現したものである。
製品としてのマーガリンは、19世紀末に発明された。1869年にナポレオン3世が軍用と民生用のためにバターの安価な代用品を募集したところ、フランス人のイポリット・メージュ=ムーリエが牛脂に牛乳などを加え硬化したものを考案。これは、オレオマーガリン (oleomargarine) という名前がつけられ、後に省略してマーガリンと呼ばれるようになった」(Wikipedia:マーガリン
なのですね。

英語では一般的には、margarine(発音はマージェリンというような感じ)っていいますけど、話言葉で、地域的にだったり、あとは年代的に、けっこうお年寄りなどで「oleo」っていうひともいるみたいですね。英語検索したとき、うちのおばあちゃんはマーガリンのことオレオと言いますが…みたいなのもあって。なぁるほど、でした。

(そこからの、あぁそういえばで、アメリカだと、近年の傾向では、マーガリンはトランス脂肪酸、健康のこといろいろでちょっともんだいしというか気にされていて、「trans fat」はある種のキーワードというかで。そんなこんなで、大手も材料かえて市販のお菓子も多少味がかわったり、「トランス脂肪酸はいってません」とかそんな感じで…日本では多少話題にはなってるのかもしれないですけどそこまでは…ですね、などと思い出したように)

(投稿:日本 2012年6月5日、ハワイ 6月4日)

にほんブログ村 音楽ブログへ




先日から読みすすめている『僕らのヒットパレード』(片岡義男/小西康陽(著))から。
読みすすめてるというか…いちど通しでは読了しているのですけど、また気になったことなどを音とともに読みなおしで。

このレコード・エッセイ集を手にとって以来、片岡義男さんの語る、「出会いなおすあの頃の日本」というタイトルのついた文章を何度かくり返し読んでいます。ここに書かれているナンシー梅木さんの作品集『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954』を聴きながら。

この『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954』は、ナンシー梅木さんがまだ日本で活躍していたころにレコーディングされた25曲のうち21曲が収められたものですが、片岡義男さんの語るように、アーリー・デイズとはいっても、「日本での彼女には初めの頃しかない」なのですよね。1950年代前半、日本でも多くの女性ジャズ歌手が活躍されましたが、女性ジャズ歌手がうまれたともいえるし、多くの女性歌手がジャズを歌っていたともいえる時代。そんな中でも、ナンシー梅木さんは、片岡氏にとって、唯一、違和感をおぼえずに英語での歌唱を聴くことができた歌手であると。

また、片岡氏にとって、ナンシー梅木さんそのものが、そのころの日本、オキュパイド・ジャパンの象徴でもあるのだと語られています。彼女の東京への上京、ジャズ歌手としての人気の高まっているときに決めた渡米、MIYOSHI UMEKIとしてのアメリカでの成功。そんな一連の流れが。

片岡氏も象徴的な一曲として選んでいた『I'm Waiting For You』、しみじみとよいですね。『君待てども』、平野愛子さんヒット、東辰三さん作の名曲ですが、英語版であるこちら。ほんとうに

歌いあげるといったようなスタイルではなく、口ずさむようなさらり感がありながらも、しっかりと心にはいってくるこの感じは、まさに、「奥ゆかしさ」、「しとやかさ」のようなものを感じさせながら、外(日本の外という意味での)の世界でもわかる美しさが。いろんなエピソードもあるおちゃめでおもしろい方でもありますけれど、その歌は魔法のよう。

日系移民の祖父をもち、二世であった父、そして、東京生まれながらアメリカでの暮らしもあった片岡氏は、ふたつの国のあいだの感覚をもってたことと思われ(これはその後もずっとですね)、日々感じていたものは独特でもあったと思うのですが、この視点は、なるほど、といった感じです。

そんなことを思いながら、このCDに収められた21曲を、レコーディング年を追ってみたり、ほかにもいろいろと気になり、注力しながら、さらにという感じでくり返し聴いてみました。

歌唱はもちろん、あらためて、演奏も、すべての楽曲においてばらしいですね。レイモンド・コンデ氏率いるゲイ・セプテット、多忠修とゲイスターズ、与田輝雄とシックスレモンズなど。曲、それぞれに感想や想いはあるのですけれど、そのあたりはアルバムでの解説もくわしいので。
ショパンのノクターンがベースとなっている三木鶏郎さん作詞、松井八郎さん編曲の『泣きたいような』も好きな1曲。『今宵夢で(Vaya Con Dios)』も、日本ビクターでの最後のレコーディングであったという背景にふさわしく。

(投稿:日本 2012年5月4日、ハワイ 5月3日)

にほんブログ村 音楽ブログへ

昨日、とりあげたもののヴァージョンあつめ作業で、すこし前にちょっと気になってた方である、スウェーデンの歌姫シュー・マルムクヴィストまたはシーヴ・マルムクヴィスト(Siw Malmkvist)のことさらにすこし調べてみました。

昨日みつけたのは、こちら、1955年に大ヒットとなった曲『Tweedlee Dee』のカヴァー。

Siw Malmkvist:Tweedle Dee

なぜ、これ以前に気になっていたかといいますと、森山加代子さんが、8枚目(たぶん)のシングルとして、この方の曲をカヴァーしていたということを知ったからなのです。

『ウェディング・ケーキ』 (1961年9月)(Siv Malquist - Siw Malmkvist『Wedding Cake』のカバー。作詞:渡舟人/作曲:ロス/編曲:ダニー飯田、B面:「あなたの自由に」)ジャケットのお手ての感じ、加代ちゃん的ですね。オリジナルのヒットとほぼ同時のカヴァーです。

(森山加代子さんのヴァージョン聴いてみたいのですが、こちらはネットでは音源みつからずです)オリジナルである、Siw Malmkvistのものはこちら。この曲は、Siw Malmkvistさんのヴァージョンだけでも、スウェーデン語、ドイツ語、英語のヴァージョンがあるのですね。

Siw Malmkvist:Du Förstår Ingenting
タイトル翻訳してみると、原題は『Wedding Cake』ではないのですね『You Do Nothing』。スウェーデン語、歌詞がわからないので、唯一わかる英語ヴァージョンと同じ内容はわからないのですけど。

Siw Malmkvist:Wedding Cake
かなしいけど、未来を夢見てというような、から元気的明るさがとてもせつなくかわいい曲。

で、肝心のSiw Malmkvistのいろいろがまだですが、ABBA登場前までのスウェーデン音楽界を代表する歌手であり、スウェーデンのみならず、スカンジナビアでの隣国でもとても知られる女性シンガー。レコーディング曲数は600曲ちかく。アメリカン・ポップスのカヴァーとかよいものが多いです。

Siw Malmkvist:Bossa Nova Baby
エルヴィス・プレスリーのヒット、『Bossa Nova Baby』のカヴァー。こちらもよいですね

その人気はドイツでも高く。ドイツ語で歌ってるヴァージョンも多いのですね。ドイツでも20曲ちかくのチャートインがあるようですが、ナンバーワン・ヒットは、1964年の『Liebeskummer lohnt sich nicht』。ドイツ語ヴァージョンとスウェーデン語ヴァージョンで

Siw Malmkvist:Liebeskummer lohnt sich nicht

Siw Malmkvist:Kärleksgrubbel (Liebeskummer lohnt sich nicht in Swedish)

当時、日本でも数は多くはないですけど、シングルとか発売されてたみたいですね。こちらは、アメリカでもヒットとなり、ビルボードでチャートインもしたという『Sole Sole Sole』(邦題は「太陽のキッス」)。デュエットのお相手は、イタリアの男性シンガー、Umberto Marcato。なんとも国際的ですね。当時の音楽業界全体の、そんな雰囲気をまさに象徴したような。最後の「アモレミーヨ~♪」の感じ、いいです

太陽にキッス Sole Sole Sole

Siw Malmkvist、これからもいろいろ聴いてみたいなぁと思っていて。ベストありますけど、このあたりのヒット作品コンピ聴いてみるのも、ほかのシンガーとの出会いもありそうで、おもしろいかもしれませんね:)

Windows, Jimmy Makulis, Ulli Martin, Siw Malmkvist, Ulla Norden, Nina & Mike..

Wencke Myhre, Gus Backus, Siw Malmkvist, Bata Illic, Dorthe, Billy Mo, Rocco Granata, Ted Herold..

(投稿:日本 2012年4月25日、ハワイ 4月24日)

にほんブログ村 音楽ブログへ

一昨日から多少関連のひきつづきで、『僕らのヒットパレード(片岡義男、小西康陽共著)にあった、片岡義男さんがテナー・サックスに関心をもったという曲『トゥイードリー・ディー Tweedlee Dee』。もともともある程度なじみがある曲ではあったのですけど、なんだか、つくづく、楽しく、しゃれててよい曲だなと(おしゃれという意味だけでなく、ほんとうに、本来の意味でしゃれてるなぁ。。と)。いくつかのヴァージョンなどを聴いてみたりしてみたり、曲そのものに関してすこし調べてみたりしましたので、こちらにメモφ(.. )

先日、すこしだけふれたときにも記しましたけど、この曲、ウィンフィールド・スコット作で、ラ・ヴァーン・ベイカー(LaVern Baker)が1954年にレコーディングをし、1955年にヒットとなり、ほぼそのすぐ後くらいに、ジョージア・ギブス(Georgia Gibbs)も歌い大ヒットとなった作品ですが、背景にはすこし、「いろいろ」もあったのですね。

オリジナルであるラ・ヴァーン・ベイカーのものは、ビルボードのR&Bチャートで最高位4位、ポップスチャートでは14位だったそうで、けっこうなヒットなのですけど、カヴァーであるジョージア・ギブスは、この曲でゴールドレコードを。白人シンガーとしての幅広い層へのアピールやレコード会社の規模なども要因ではありますが、ベイカーは、アレンジやちょっとブラック節をとりいれたようなボーカルスタイルのつぼどころもほぼ同じだったということで、アンハッピーだったようですね。

ただ、とても楽しい名曲であることはまちがえなく。ノベルティソング的な韻のきいた歌詞のしゃれ感(隠喩面ではちょっとおいろけもあるような)。Tweedledum and Tweedledeeはア不思議な国のアリスのキャラクターでもありますね・曲調。そして、このラテン風味もとりいれたアレンジは、まさに名アレンジであり、その後のカヴァーものにもその要素がのこされていますね。

とてもたくさんの方のカヴァーもあり、そのどれもがたのしく。動画にあがっているものだけでもたくさん。再生リストもつくってみましたけど、その中からもいくつか。

まずは、オリジナルのラ・ヴァーン・ベイカーとその後のジョージア・ギブス。

Lavern Baker:Tweedlee Dee

Georgia Gibbs:Tweedlee Dee

カヴァー、女性シンガーでは、テレサ・ブリュワー(Teresa Brewer)やワンダ・ジャクソン(Wanda Jackson)、コニー・フランシス(Connie Francis)なども。あとは、レコーディングのヴァージョンがあるのかどうかわからにのですけど、ドロシー・コリンズのテレビ出演での、かわいらしい感じで。これは、「不思議な国のアリス」からの雰囲気で。(ちょっと貼りつけが多くなっちゃうので、こちらは再生リストで)

エルヴィスの"Louisiana Hayride"ものもありますね。あと、ピー・ウィー・キング(Pee Wee King)なんかも。

Elvis Presley:Tweedlee Dee(Louisiana Hayride Archives)

グループものなどもたくさんなのですが、あとはちょっと印象にのこった後年ものを。

Jimmy Osmond:Tweedle Dee
はい、この感じをこどもシンガーが歌うのはまたエンターテイメントですね、というジミー・オズモンド

Freddie Bell & Roberta Linn:Tweedlee Dee
この感じ、この歌の世界をよく描いてる気がします。ロベルタ・リンはローレンス・ウェルクのシャンペイン・レイディースでもあった方。

Peter Doyle:Tweedlee Dee
あと、オーストラリアのシンガー、ピーター・ドイルのヴァージョンもとってもよいですね。この時代的にアレンジもいかした感じに。

番外編として、こちら
Cactus Pryorさんって、ラジオなどでも活躍されていたブロードキャスターのようですけど、パロディー・ヴァージョンが。なぜかショパンのプレリュードにのせた朗読w
これも、やはり、この曲、歌詞のよさにもあるということですね。ピアノ演奏はRalph Kies。

Cactus Pryor:Tweedle Dee

そして、ヒットを物語る異国カヴァーもありました。これは、ヒットした年である1955年に。スウェーデンの歌姫であるシュー・マルムクヴィスト(Siw Malmkvist)のヴァージョン。この方はこの方で、日本ものへともつづく、またすこしつめたいことあるのですけど。。(宿題)

Siw Malmkvist:Tweedle Dee

あと、ほかにもいろいろ。再生リストです。

(投稿:日本 2012年4月24日、ハワイ 4月23日)

にほんブログ村 音楽ブログへ

片岡義男さんと小西康陽さん共著である『僕らのヒットパレード』、最近すこしづつ読んでます。

この本、今年の2月に発売になったものですが、もとはおふたりによる「芸術新潮」連載のリレーコラム他、対談や音楽エッセイを収めたというもの。
まえがきとあとがきにある、それぞれの一文にあるように、音楽、ことレコードへの思いをつづったエッセイ集となってます。

引用:
「「LPは魔法だ。過去のある時あるところで流れた時間が、音楽にかたちを変えて、LPの盤面の音溝に刻み込んである。その音溝から音楽を電気的に再生させると、過去の時間が現在の時間とひとつになって、現在のなかを経過していく。何度繰り返しても、おなじことが起きる。これを魔法と呼ばないなら、他のいったいなにが魔法なのか。」(片岡義男:「まえがき」)」
「「レコードを愛することと、音楽を愛することは似ているようだがまったく違う。レコードが素晴らしいのは、そこに封じ込められた音楽や会話、あるいは音のすべては、過去に奏でられ、発せられたものだ、ということだ。」(小西康陽:「あとがき」」

この本を知ることとなったきっかけは、ひと月半ほど前によいなぁと思い、知った、アール・ボスティックから。
EARL BOSTIC 「アール・ボスティックを聴きはじめる」

ボスティック、レコードなどの情報はあるものの、日本語による情報がほんとうにすくなくて。英語でも入り込んだような記述はネットでは多くはないのです。ただ、書籍関連などを調べると、R&Bものではとても多く、かなりの影響もうかがえ、しかも、レコードの枚数もかなりに多く。そんな関心からたどりついたのが、この「僕らのヒットパレード」にある「アール・ボスティックをききなおす」というものでした。ただし、このときは、その内容はわからず、小西氏、片岡氏のどちらによる文章なのかも。でも、なんとなく、片岡義男さんなんだろうなぁ。。と。

そこで、まずが図書館で借りてみようと。

興味あるものすべてを購入できないのがちょっとつらいところですが、本に関しては、まずはすこし読んでみてから購入をきめることも多いのですよね。で、まだ、ぜんぶ読んでみてはいないのですが、このエッセイ集、よいですね。どれもみじかく小気味よく、そこにとてもよい空気が流れている文章なので、みじかめのティータイム読書用に手元にあってもよいかなぁと思ってます。

ということで、「アール・ボスティックをききなおす」です。

そこには、片岡義男さんとボスティックの出会い、テナー・サックスのこと、などの思い出がありました。

片岡義男さんとテナー・サックスの出会いは、『トゥイードル・ディー(トゥイードリー・ディー)』。この曲は、1954年、1955年当時もふたりの歌手、ラ・ヴァーン・ベイカーとジョージア・ギブスによって歌われ(そのすこしあとにも、ほぼ同時であったり、また数年後であったり、たくさんのシンガーにカヴァーされますね。オリジナルはやはりベイカーみたいですね)、歌はギブスのものが好きだったけど、ベイカーによるヴァージョンの間奏にある数小節のサックスソロに目覚めたと。(注:ここは、ボスティックではないです)

これをきっかけに、テナー・サックスの音に興味をもちだし、何かといえば、いろいろな曲の中でのテナーマンの演奏に耳をかたむけだしたのだと。そんな中で、ある日、強力にとらわれたのが、たまたま聴いたアール・ボスティックの「ブルー・ダニューブ」の演奏だったそうで(さがしてみたのですけど、これ、レコーディングもにはないかもですね。「ダニューブ・ウェイブス(ドナウのさざなみ)」の方はありましたけど。ボスティック、クラシックやいろんなポピュラー音楽のアレンジものをやってるので、きっと「ブルー・ダニューブ(美しく青きドナウ)」も演奏されてたのでしょうね)。

「ブルー・ダニューブ」ではないですけど、「ダニューブ・ウェイブス」をここに

Earl Bostic: Danube Waves

まえに、わたしなり「アール・ボスティックを聴きはじめる」でも書いてみましたけど、この方の音は、ほんとうにいいですね。艶があって、官能的だあり、力強く、とても個性がありながらも、奇をてらいすぎていない。日本で言うならば歌謡的な要素もあるような。そして、この「黒い音」はR&Bへと、なのでしょう。

片岡義男さんは、26歳のときに、みずから奏るために、テナー・サックスを手にとったそうで、その指導にあたったのは、SF作家であり、もと広瀬正とスカイトーンズというバンドももっていた、広瀬正さん(この方は、この方で1エントリーくらい必要なので、きょうのところはリンクです)。
Wikipedia:広瀬正
神保町系オタオタ日記:広瀬正とスカイ・トーンズ

その広瀬正さんが、テナー・サックスについて、いろいろ教えたあとに最後に参考までといって基地のPXでもとめた何枚かアメリカのシングル盤を片岡義男さんにさしあげたそうなのですが、その中にもアール・ボスティックがあったという思い出も。そのときにあったのが『メランコリー・セレナーデ』と『ホワット・ノー・パールズ』だそうです。

Earl Bostic: What! No Pearls?
こちらは、あのグレン・ミラーの『A String of Pearls』から、ひねったようなボスティック作曲の作品。

なんだか、まとまりありませんが、アール・ボスティックからの出会い、さらにその魅力感じる「アール・ボスティックをききなおす」であり、すてきな音楽の思い出、レコードの魔法がたくさんの「僕らのヒットパレード」です。

(投稿:日本 2012年4月22日、ハワイ 4月21日)

にほんブログ村 音楽ブログへ

先日、『パリの恋人 Funny Face』を観たこともあり、楽しいミュージカルをさらに観賞で、同じくスタンリー・ドーネンの監督作品である『雨に唄えば Singin' in the Rain』をひさしぶりに観まてみました。

よく、映画の中の歌はいまも聴いたりしているのですけど、名作映画であり、また名曲をもフューチャーしているこの作品、あらためていろんな要素も気になるなんど観ても楽しさをあたえてくれます。



監督:ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン
音楽:ナシオ・ハーブ・ブラウン、アーサー・フリード、ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン
出演:ジーン・ケリー、ドナルド・オコナー、デビー・レイノルズ、ジーン・ヘイゲン、ミラード・ミッチェル、リタ・モレノ、ダグラス・フォーリー、マッジ・ブレイク、シド・チャリシー

1952年の作品ですが、舞台はちょうどサイレント映画からトーキーにかわるタイミングの1920年代の終わりであることも、いままたその興味としては、こまかいいろいろも気になったりするところがあり。

そして、ようやくきちんと知ったのは、この映画での音楽、歌の数々はすべてナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown)作曲、アーサー・フリード(Arthur Freed)作詞の作品だということ。歌の数々は、ずいぶんと前に、この映画ではじめて知って、あとから、もっと古いミュージカルからの曲だったんだぁ、というのを知ったというパターンだったのですけど、そのときはあまり作家であるとか、またオリジナル作品が何であったのかとかまではおうことなく、だったのでした。

おなじみではありますが、あのシーン、あの曲という、映画史上にもなくてはならないものですよね。

Singin' in the Rain:



ジーン・ケリーと、このシーン、映画も歌でも『雨に唄えば』は、きってもきれないというような、これといったら、これ、な感じですけれど、当初のキャストはちがかったそうですね。そして、このシーン撮影のときには高熱であったにもかかわらずであったなど、撮影エピソードやキャスティング話など、いまあらためて知ることも多いです。もともとは…という曲情報、背景もあり
Wikipedia(英語):Singin' in the Rain

Good Morning:



もともとは、得意はダンスではなく体操であったというデビー・レイノルズ。撮影はじめのころはかなりの苦労もあったようですね。動きはべつとしても、ダンスの雰囲気がでないとか、そんないろいろもあったようです。スタジオで泣いていたデビーをみかけたフレッド・アステアがダンスのそこで、トレーニングを。

Make 'Em Laugh:



明るく楽しく愉快なこのシーン。ドナルド・オコナーは、これで入院してしまったのだそうですね。。。

ほかにも楽しい曲やすてきな曲がたくさん。

Beautiful girl:



こちらは、映画『ブロードウェイ・メロディー』などがモンタージュとなったイメージなのですね。

再生リストつくってみました。



と、この作品の時代背景などからの流れで、もともと興味はもっていた時期、サイレントからトーキーがまたふたたび、さらに気になり出し、世界初の全編トーキーによるミュージカル作品ともいわれる『ブロードウェイ・メロディー The Broadway Melody』も観たくなってきてしまいました(これ以前にもすでにトーキーのプロダクションははじまっていましたが全編というのが、ということですね)。





(投稿:日本 2012年3月22日、ハワイ 3月21日)

にほんブログ村 音楽ブログへ




オードリー・ヘップバーンひさしぶり観賞、『パリの恋人(Funny Face)』です。
ミュージカルのよさ、おとなになってからの再認識のいま、この映画のすばらしさもさらに、でした。

『パリの恋人(Funny Face)』は、オードリー・ヘップバーン主演4作目の1957年作品。

まえに観たときには、ストーリーの楽しさやオードリー中心だったのですけど(この映画では歌も自身)、こまかいいろいろも、ほんとうに豪華ポイント満載ですね。

監督はスタンリー・ドーネン、オードリーとベテラン俳優フレッド・アステアとの共演というとりあわせ、そして、ケイ・トンプソンの出演、受賞作品ではないですが、とてもすばらしい歌とダンスのミュージカル映画だなぁと、あらためてです。

本の虫であったインテリからファッションモデルへ、という、変身物語のおとぎ話的要素もストーリー展開も、クラシックでありながらとても心ときめくものがあり、舞台となっている当時は「現在」であったファッションの50年代後半のすてきさも。この時代、過渡期ファッションは、「女性はこうでなければいけない」感と「新たな時代への前進」と、その双方を感じる躍動感がよいですね。そして、この映画で何よりすばらしいのは、カラフルさ、ですね。ファッション誌やパリを舞台にした、その意味。それは、まさしく、オードリー・ヘップバーンのために、そして、憧れる女性たちのために用意されたといってよいのではと思えます。

フレッド・アステア演ずるカメラマンのディックがリチャード・アヴェドンをイメージしたものであったり、フロストル教授はサルトルがモデルというのもおもしろいディテールですよね。

実際、映像やスチール撮影など、アヴェドンが監修者として関わっており、それもこの映画のさらなる美しさとスタイリッシュさの素ですね。



ダンスについては、このとき、フレッド・アステアが57才であったことやオードリーのバレエで鍛えた姿勢のよさや動きの美しさをあらためて感じ、また、いままであまり意識してこなかったケイ・トンプソンの実力というかなんというかが、ほんとうにすてきです。
(オードリーに関しては、ダンスだけではなく、あぁ、このひとの身のこなしの美しさはやっぱりバレエだなぁとなんだかつくづくなのでした。ひじのはり方、ぴんとあった背筋は、しっかりと身についたダンサーのそれ、ですね)

脚本や設定はことなりますが、この映画での曲の数々は、1927年のミュージカル、ヒット作『ファニー・フェイス』からで次ジョージ・ガーシュウィンとアイラ・ガーシュウィン兄弟(George and Ira Gershwin)によるもので、ほんとうにすばらしいですね。やっぱりミュージカル曲ってとっても、とってもです(一部の曲はガーシュウィン作で別ミュージカルからも)。

ぜんぶすてきなので、再生リストつくったのですけど印象的なものをいくつかその中から。
(再生リストではストーリーの順序にそっていますが、こちらでは印象別だったり、曲や演者によってだったりです)

Bonjour, Paris!:
それぞれの「パリ」。ほんとうにいきたくなっちゃいます。



Think Pink:
心躍る映像。ケイ・トンプソンの編集長らしさがすばらしく、そして、とにかくファッショナブルでカラフルな。



ケイ・トンプソンって、ほんとうにすごい方なのですね。歌手としてデビューし、演技も踊りもすばらしい技量をもちながら、いちばんのプロとなったのは、トレーナーとしてというところが、またすてきです。MGMのヴォイストレーナーであり、ジュディ・ガーランドやフランク・シナトラも信頼をよせていた人物というのも納得です。

この映画でも、きっとストーリーの上でだけでなく、ムードメイカーであったのではないかなぁと思います。そういった意味でもかかせませんね。

On How To Be Lovely:
オードリーとケイ・トンプソン、それぞれかわいらしいです。



Clap Yo' Hands:
おとなでベテランなまさにプロというエンターテイメントさですね。



楽しい曲とダンスがこの映画では大好きですけど、アステアとオードリーのロマンチックなダンスも、美しい身のこなしはほんとうに絵になりますね(かなり年齢もはなれてたとはおもいますけど)。

I Love Your Funny Face dance:



He Loves And She Loves:



'S Wonderful:



フレッド・アステア、ダンサーですね。そしてつくづくとエンターテナー。



オードリー、ソロのダンスの軽やかさも。
このチョイスでは、ファッションに関してはゆるぎない持論をもっていたオードリーの負けという白いソックスに関するエピソードもあるシーン。たしかに、ダンスを見せる、魅せるためのファッションというものもありますね。小物のひとつまで。



と、ただただ長くなってしまいましたけど、『パリの恋人(Funny Face)』、心から楽しめる映画ですね。オードリーがとてもチャーミング。細かいディテールをみるのもまた愉しみの。

再生リスト:



おまけ:
なんといってもなファッション。音楽は、この映画からではありませんけれど、この動画もお気に入り。
ストーリー中でのファッション誌「Quality」撮影シーンの数々にレス・バクスターの曲をかぶせたというセンスのよい編集もの。



(投稿:日本 2012年3月15日、ハワイ 3月14日)

にほんブログ村 音楽ブログへ




この曲のこと、まだちゃんとまとめ把握をしていないし、こちらにもメモしてないなぁと。きょうは、先日、とってもすてきなアレンジのものにまた出会ったということもあって、『I'm Always Chasing Rainbows』 φ(.. )

『I'm Always Chasing Rainbows』は、ハリー・キャロル作曲、ジョセフ・マッカーシー作詞で、1918年のミュージカル・コメディ『Oh, Look!』にむけてつくられた作品。スタンダードとして、多くのミュージシャンたちによってカヴァーされ、そして、そのものがカヴァーともいってよい、おなじみクラシックをアダプトしたナンバー。
歌詞は、「幸せがまつという虹のはし。いつも夢見て虹をおってしまう。。」というもの(すべてがうまくいっているという訳でもない状況からの目線でありながら)。

ベースとなっているのは、ショパンの『幻想即興曲(即興曲第4番)嬰ハ短調 "Fantasie Impromptu "』。

ちがいは、『I'm Always Chasing Rainbows』は、『幻想即興曲 即興曲第4番 嬰ハ短調 "Fantasie Impromptu "』の変ニ長調への転調部分、複合三部形式のカンタービレの第2パートをとっていることですね。短調部分の緊張がとかれ、すこしほっとしたような広がり感のある歌うような展開に。

まずは、その例ということで。最近であったヴァージョンの『I'm Always Chasing Rainbows』とせっかくなのでかわりヴァージョンの『Fantasie Impromptu』。

Stardusters:Swing Fantasy
こちらタイトルは『Swing Fantasy』となっていますが、『I'm Always Chasing Rainbows』と同様。
演奏は、渡辺弘とスターダスターズ、黛敏郎さんアレンジで、1949年(昭和24年)録音の作品。バンド編成をいかした、すてきにドリーミーなタッチとなっています。



Les Baxter:Fantasie Impromptu
レス・バクスター (Les Baxter) のクラシックカヴァー名アルバム『MOOG ROCK』からの1曲。
アルバムについては、以前に書いてます。このアルバム、わたしにとってとてもだいじな作品。クラシックの現代アレンジへの興味を一気にひらいてくれたものなのですレス・バクスター (Les Baxter)  MOOG ROCK
1:05をすごたあたりからが変ニ長調のパート、『I'm Always Chasing Rainbows』のもと。



ベースとなっている曲がすばらしいということももちろん前提ながら、ほんとうにすてきなヴァージョンが多いですね。たくさんあるのですが、できるかぎりでいろいろ聴いてみました。
(かなりの数ですが、再生リストも。このリストは最後のとこ)。

まずは、チャールズ・ハリソン(Charles W. Harrison)による1918年のヒット・ヴァージョン。

Charles Harrison:I'm Always Chasing Rainbows(1918年)



劇中ものでは、1941年の映画『Ziegfeld Girl』ではジュディ・ガーランドが、そして、1945年の映画『The Dolly Sisters』でジョン・ペインがうたっています。

Judy Garland:I'm Always Chasing Rainbows(1941年)



Betty Grable & John Payne:I'm Always Chasing Rainbows(1945年)



いろいろなカヴァーものでは、好みのヴァージョンをいくつかこちらに。

Ray Conniff:I'm Always Chasing Rainbows(1958年)
レイ・コニフ(オーケストラ、コーラス)の『Concert In Rhythm』にはクラシック・カヴァー作品がほかにもいろいろ。ほしいアルバムのひとつでもあります。



Noro Morales:I'm Always Chasing Rainbows
ラテン・ピアノのヴァージョン、とってもすてきです☆ かなりのお気に入りとなり。ノロ・モラレス、今回の検索から知ったのですけれど、もっとたくさんの曲を聴いてみたいです。



イージー・リスニング系というようなものがつづきますが、こちらもすてき。 アンドレ・コステラネッツのもの。

Andre Kostelanetz and His Orchestra:I'm Always Chasing Rainbows



あとは、レコーディングものではないのですけど、かなり惹かれました。Korg SV1で演奏のヴァージョン。(交通情報、または、文字と映像の天気予報によい雰囲気)



すこしかわってオールディーズなコーラスのこちらも、とてもよいですねぇ。。☆

Baysiders:I'm Always Chasing Rainbows(1961年)



ボーカルものでは、サミー・デイビス Jr.のもの、とてもとてもよいですね。ローリンド・アルメイダのギターがすばらしく。

Sammy Davis Jr. and Laurindo Almeida:I'm Always Chasing Rainbows



そして、そして
アリス・クーパー、この方のセンスもね、好きなのです。

Alice Cooper:I'm Always Chasing Rainbows(1976年)
アルバム「Goes to Hell」収録



"I'm Always Chasing Rainbows" 再生リスト:
じぶんであつめたのですけど、このリスト、とてもゆめゆめドリーミー☆で。。お気に入りとなってしまいそうです。




(投稿:日本 2012年3月8日、ハワイ 3月7日)

にほんブログ村 音楽ブログへ



このところ、アール・ボスティック(Earl Bostic)、ずっと気になっています。

きっかけは、大好きな曲のそうとう好みのアレンジ。

EARL BOSTIC:SOFTLY AS IN A MORNING SUNRISE CHA CHA



EARL BOSTIC:LIBESTRAUM



この2曲、『Softly As In A Morning Sunrise Cha Cha (朝日のごとくさわやかに)』とリストの『Liebestraum(愛の夢)』(それにしてもこの曲は新しい関心へのよい出会いをもたらしてくれる曲)から。

そして、ほかの曲も聴いてみたくなっていろいろと。これがまたすばらしいもの多く。

おそらく、ご本人の名前をもじったのであろう、こちら『Mambostic』や

EARL BOSTIC:MAMBOSTIC



まとめて聴いてみたかったので再生リストもつくって。。そういえば、以前にも、『September Song』など聴いているなぁなどと気づいたり。

Earl Bostic リスト:
とにかくすてきなアレンジがおおいですね。艶があってスウィンギーなサウンド。
オリジナルのヒット・ナンバーである『Sleep』や『Flamingo』もあり。



そして、もちろん、いろいろと検索です。
英語版のWikipediaではなかなかくわしい情報がみつかり
Wikipedia:Earl Bostic

略歴などは把握。名サックス・プレイヤーであり、ジャズ、リズム・アンド・ブルース(R&B)と、1940年代から1950年代にを中心に活躍したこと。アーティ・ショウ、ポール・ホワイトマン、ルイ・プリマなどのアレンジを手がけたり、作曲も。

作曲では、ジーン・クルーパがアニタ・オデイをむかえた『Let Me Off Uptown』などのヒット曲もあるのですね。
(そもそも、ジーン・クルーパからの関連でたどりついたのですが)

Gene Krupa:Let me off uptown



でも、英語のややくわしめのものを読んでも、なんとなくその解説がじぶんのもつ印象にはものたりなく、さらには、日本語では、あまりじゅうぶんな情報がないのですよね。というか、あっても、どうも、それだけではないのじゃないかと。。

ジョン・コルトレーンに影響をあたえたということ、R&Bにおいてとても重要な人物であるということは、たしかに、このいわゆる黒い音というあたりからもうかがえます。

とても多様多彩で、もっと語られるべきことがあるような。

その技量はすばらしく、チャーリー・パーカーと比較されたりするほどであり、ビバップ的なものもあったりするのですけれど、ご本人は、心ゆさぶるような音ということにずっと関心および追及だったのではないか、などと思ったりしているのです(実際、つよく支持されていたのは黒人コミュニティを中心にだったようで)。

と、もっと知りたいのだけれど、じょじょに聴いていくにしても。。とかすこし歯がゆい状態だったりするのですけれど、ふとしたサーチで、もしかすると、これは、感覚的になっとくのいくようなものだったりするのではないかとおもわれる文章があるという気配を察知いたしました。

今年の2月10日に発売されたものだそうですが、片岡義男さんと小西康陽さん共著の『僕らのヒットパレード』に、「アール・ボスティックを聴きなおす」という文章があるのですね。おそらく、小西さんというより片岡義男さんの趣味かと思うのですけれど。
(この本、じつにおもしろそうです。もう、いろいろと日頃の頭の中のことが)

ちょっと、こちらの「アール・ボスティックを聴きなおす」、「聴きなおす」というより「聴きはじめる」で、ここからスタートという感じですけれど、このあたりから、その世界にはいってみたいなぁと思っています。

(投稿:日本 2012年3月6日、ハワイ 3月5日)

にほんブログ村 音楽ブログへ



先日、Blip.fmでじぶんでCha Chaをえらんで聴いていた際 @ouioui73 さんからいただいたのコメント。
「…ブルース・リーはチャチャチャ踊るの上手だったのよ!これリーのプチ知識ね!」

そうだったのかぁ、わたし、ブルース・リーのDVDとかもってるのにそういうこと、ぜんぜん知らなかった…と心にのこっていたのでしたが

先日、ちょっと香港の映画歌もの検索で、ぐんぜん。
あるのですねぇ、そのブルース・リーのチャチャ映像。



こちらは、ブルース・リー(李小龍)が、映画『甜姐兒(Darling Girl)』に、文蘭のチャチャのダンスパートナーとして出演したときのもの。1957年、当時17才。

そして、翌年には、Hong Kong Cha Cha Championship(香港チャチャ・コンテスト)で優勝。

このころの、ブルース・リーは、拳法はもちろんながらチャチャに夢中だったのですね(なんでも、「詠春拳、ケンカ、女、ダンス三昧の日々」だったそうで)

音はありませんけれど、パーティーでのダンス映像。パートナーとして踊ってほしいという女性はたくさんだったとか。

the real Bruce Lee doing the cha cha no.2:



さきにも…でしたけど、わたし、ブルース・リーのいろいろは、いわゆる死の前の数本の、でも全世界的な活躍である、そのころのことしかしらなかったのですよね。。もちろん、じぶんもマーシャルアーツはたしょうたしなみがあるので、截拳道(ジークンドー)のことは興味をもっていたのですけど。

ということで、ブルース・リーのいろいろをあらためて、なのでした。ファンの方からすると、周知なのでしょうけれど、まとめしたく。動画といっしょに知らなかったことや再度ということを中心に。

おもに参考にしたサイト:
THE BRUCE LEE STORY(英語もの:簡潔にまとまtってて写真がよいですね)
小龍的神話:ブルース・リー、李小龍 その知られざる真実を探る‥‥
ブルース・リーの生涯 香港〜少年時代 (ブルース・リー・ジークンドー正当継承IUMA日本振藩國術館)
Wikipedia:ブルース・リー
参考にした動画ストーリー:
知ってるつもり?!『ブルース・リー』-①~④(1993年?)

出生は、俳優であるお父さまが巡業中であった米国・カリフォルニア州サンフランシスコ(このことはのちにひじょうに重要な意味をもつのですね)。

このとき、親御さんは、特に英語圏的な名前をさずけるつもりはなかったそうなのですが、生まれた病院のスタッフが、ブルース・リーのお父さまがChinese Opera(京劇ですよね、ようは、たぶん)にでているので何か音楽に関係あるような、と"Bruce"(ブルース)と名づけたのだとか。

ブルース・リーは、おとうさまも俳優だったことから、こどものころからたくさんの映画に出演。これは、現実的に家族、親戚をやしなわければならないという状況が。撮影所では食べものにもありつくこともでき、日常からのがれることができたということもあったのですね。
生まれて直ぐに赤ちゃん役として、その後も子役、青年役として20本以上映画に出演。
ブルース・リー フィルモグラフィ:子役時代
(子役時代の映像は、『BRUCE LEE ULTIMATE COLLECTION ブルース・リー アルティメット コレクション [DVD]』というものに収められているそうです。)


The Kid 细路祥 (1950年)
9歳のとき



詐癲納福 (1956年)
16才のとき



このあとぐらいが、さきのチャチャ映像ですね。映画『甜姐兒(Darling Girl)』。共演の文蘭(マン・ラン)さんもお父さまが俳優、梁醒波(リョン・センボー)さんで、家族ぐるみの仲のよい交流があったのですね。よきダンスパートナーでもあったようで。
李少年史 その九- ダンスパートナー文蘭 -

前後しますが、もうこのころはすでに、詠春拳という拳法を。13才のときより、イップ・マン(葉問)氏の師事のもとで。

1958年の映画『人海孤鴻(The Orphan)』も上映前から、各新聞社はこぞってこの作品での、演技を評価していたようですが、ストリート・ファイトやいろいろがあって、そんな話も、サイト「李少年史」にくわしく。
李少年史 その十 - 真実 -
渡米。ここで、出生地が米国であったことが、ひじょうに意味をもちますね。

この後、俳優のしごとは、1967年の米国のTVドラマシリーズ『グリーン・ホーネット』まで休止ですが、この間に、大学では哲学、心理学をまなび、高校で哲学の講師も。また「振藩國術館」を開いて中国武術の指導、截拳道(ジークンドー)を創始。道場の生徒だったリンダ・エメリーとの結婚も。1966年に、アメリカの「ロングビーチ国際空手選手権大会」で詠春拳の演武をしたフィルムがプロデューサーの目にとまったのも何か、拳法というだけでないものがあったからでしょうね。

The Green Hornet - Kato fight scene
『グリーン・ホーネット』の映像。



『鬼警部アイアンサイド』(1967年 Iron side)にもカンフー教師役で出演したり、いくつかの作品に出演。



ほか、アクション指導というか、ハリウッド・スターたちのトレーニングにもあたっていたようですね。

その後、また香港へ。そして、あのレジェンド、伝説の作品たちが撮影され。。

ブルース・リーといえばのイメージがつよいヌンチャクも、もともとは沖縄の古武道のものであり、またはフィリピンのといろいろな説、逸話があるようですが、さまざまなことをとりいれる、または、なにごとも自分の武道へという考えをもっていたからなのでしょう。

ブルース・リーがヌンチャクでタバコやマッチに火をつける:
(※危険ですので真似をしないでください)



あの独特のステップはチャチャの影響があるのではともいわれたり。
たしかに、踊りとマーシャルアーツはいろいろと深い関係が本来あるのですよね。なので、ある意味、なくもないかなぁと。というか、長けていたのは、なっとくする部分あるのですよね。。闘いには「間」や「リズム」、それを得てこそ、相手を予想しその先を読むような部分もあり。

などと。おもいながら。。

すべてをささげた、香港での映画撮影製作。よくこの曲を聴いていたそうですね。32才という若さで他界。

Blood, Sweat & Tears - And When I Die (Cassette)




(投稿:日本 2012年3月5日、ハワイ 3月4日)

にほんブログ村 音楽ブログへ