昨日、昭和の名作映画のひとつである野村浩将監督、田中絹代、上原謙主演の『愛染かつら』を初めて観賞いたしました。いくつかのリメイクなどもありますけれど、今回みたのは、オリジナルの『愛染かつら 総集編(前篇・後篇)』(1938年、1939年公開、松竹製作)。この映画をご覧になった方であったら知ることとは思うのですけれど、「前編・後編」のフィルムが完全な形で存在しないため「総集編」としてまとめられたもの。先日NHKプレミアムの放送シリーズ、「山田洋次が選んだ日本の名作100本~家族編」として放送されていたので録画しておいたのでした。

いままでみたことがなかったとはいえ、語りつがれる名作映画なので、すこしばかりの知識はあり、主演が日本映画黎明期の大スター女優である田中絹代であることや、この映画がいわゆるメロドラマ公式の元となっていること、主題歌である『旅の夜風』の大ヒットなどということは、知っていたのですけれど。今回、はじめて観賞し、それ以上にいろいろとすばらしさの発見あり。思っていた以上に、「楽しめる」作品だということを感じました。

「楽しめる」、そう、この映画楽しめるなのですね。イメージとしては、「しのぶ」ような、きわめて悲恋的要素が強いものとばかり思っていたのですけれど、ストーリーとしても、またさまざまな面で、それ以上。
当時の社会、価値観だけでなく、文化、流行、ファッション、世情をしめすいろいろも想像以上にふんだんにもみこまれていて、シリアス一辺倒かと思いきや、思いのほか、軽いタッチのちょっとコミカルな描写などもあるのですね。かなしく、せつなくみいるというより、わたしは、むしろ、喜怒哀楽いろいろと楽しませてもらったという感じでした。中でも、音楽は、『旅の夜風』の大ヒットというがありますが、それだけではないのですね。劇中、ほかにも音楽的なツボ、壺はたくさんでした。
(じつは、あまりにも気になりどころがたくさんだったので、今朝もまた)

あらすじなどは、すでにみてる方は、でしょうし、これからみることもあろう方は、でもあるので、リンクで。
NHKプレミアム:山田洋次が選んだ日本の名作100本~家族編「愛染かつら 総集編」(製作年 : 1938年 1939年 モノクロ)

こちらには、音楽、そのほかの私的気づきメモなどをしたためておくことにします(かなり多いので、箇条書きスタイル)。

[音楽]

主題歌:旅の夜風
歌:霧島昇 とミス・コロンビア(松原操)
作詞:西城八十、作曲:万城目正

おなじみ、おなじみの『旅の夜風』は、当時としては驚異的な大ヒットという80万枚を超え。映画の大ヒットと曲の大ヒットの相乗効果ともいわれているようですね。

挿入歌:悲しき子守唄」
歌:ミス・コロンビア(松原操)
作詞:西条八十、作曲:竹岡信幸

高石かつ枝(田中絹代)が最後のあたりで歌う曲ですが劇中では、曲名は『母の愛』となっていますね。ストーリーの展開としてもかなり重要な曲。

と、この2曲は『愛染かつら』の主題曲、挿入曲としてレコード化もされているのですが
このほか、わたしがじつは、とっても気になってしまったのは、津村浩三(上原謙)が博士号をとった際に津村病院看護婦主導で催された祝賀会シーンでかつ枝(田中絹代)によって歌われた、ドリゴの『セレナーデ(セレナード)』なのでした。
(このシーンすべてがかなり興味、興味だったので、そのあたりは、あとのストーリー設定でメモります)

この歌唱、なんとかして、もう一度聴きたいです(録画してあるので聴けるのですけれど、所有というか)。そして、さらに、これから調べてみたいもの。残念ながら劇中シーンの動画とかもなく。。こちらには。。なのですけれど、かわりに、時代的に近いアレキザンダー・モギュレゥスキーが日本来日で吹込みをしていったというヴァイオリン独奏ものを(ピアノ伴奏あり)。

セレナーデ(ドリゴ曲)アレキザンダー・モギュレゥスキー

ドリゴ:作曲。戦前来日し、コロムビアにも幾つかの吹き込みをしたモギュレウスキーのもの。昭和六年

かつ枝が歌い、浩三がピアノ伴奏をするドリゴの『セレナーデ』は、ふたりのなれそめであり、ストーリーとしても重要で。
それはもちろんなのですけれど、当時ならではのすこし淡々とした歌い方ともいえるようなこの歌唱がなんとも清らかなイメージでとてもすてきで。そして、何より、この曲の日本語詞の美しさにひかれてしまったのです。
♪淡き光に波路は霞みて、月の汀に漣さゝやく

映画をみおわったあと、気になって気になってしかたなく、いろいろ調べてみたのです。なので、わかったことをこちらにメモ。
 - 原曲は、リチャード・ドリゴ(1846-1930)の「百万長者の道化師」"Les Millions d'Arlequin"(1900)という歌劇の挿入曲。
 - 日本語詞は堀内敬三によるもの。セノオ楽譜(1926年ごろ)(やはりこの方のことばはすてきなのですよね)
 - 日本では女学生の愛唱歌のひとつでもあったようです。歌詞はこちらでみつけることができました。
  にいちゃんの「なつめろダイアリー」:『ドリゴのセレナーデ(堀内敬三訳詩、リチャード・ドリゴ作曲、関屋敏子歌唱)』

このあたりはCDかなにかでコンパイルされていたりするのでしょうか。どうしても古い音源でのいくつかのヴァージョンなどを聴いてみたくて。
国会図書館には、ベルトラメリ能子歌唱・仁木他喜雄編曲によるものや関屋敏子歌唱のもの、また訳詞と歌唱が三浦環によるものなど、いくつか所蔵があるようなので、折をみて聴きにいってみたいとはおもっています。次回の国会図書館行きのひとつの課題として。

また、別の調べで、毛利真人氏によるブログに二村定一もニッポノホンで吹込みをしているとあるので、男性歌唱ものとして、こちらもぜひ聴いてみたいです。
音盤茶話:「二村定一の「ドリゴのセレナーデ」」二村定一

このほかにもストーリーや設定には音楽関連のことがいろいろとあるのですけれど、曲そのものでないので、ストーリー、設定などへまわします。

[ストーリー・台詞など]
フィルムが完全な形で存在しないため急なストーリー展開ややや矛盾的なものもあったりします。また、メロドラマや恋愛のすれちがいフォーマットなどもあるのですけれど、そういういろいろは、こちらのメモには省きます。あくまで、気になりメモ的な。

【田中絹代】 高石かつ枝の身の上話 【愛染かつら】

 - 全体・登場人物:もうすこしやるせない展開なのかとおもっていたのですけれど、かつ枝と浩三のお互いの立場というものがおもな障害なのですね。もちろん、他者の、というのもなくはないですけれど、登場人物が基本、皆、よい方ばかり。現代版とするともっともっとややこしく、しかもみにくくなってしまったりするのような気もするのですが、あくまでも、美しい展開なのですね。
 - 注目人物:未知子役である桑野道子さんすてきですね。ほかの作品もみたくなってきました。そして、このストーリーの中でも、未知子の明るさ、さわやかさ、現代的な気品は、開放的な面をもちつつも、真の奥ゆかしさもある女性。かつ枝と浩三の愛も、ですけど、この映画、さりげなくすばらしいのは、未知子の浩三への深い愛ではないでしょうか。けっして表に出すことのない。むしろ、親が決めたこと的にいいつつもという。
 - ファッション:時代的に、この時代は洋装と和装ととりどりで、そのひとの個性もあり、よい時代(これから、数年でその状況はかわっていくわけですけれど)。かつ枝の和服はかわいらしく、未知子の洋装はとってもモダンで。看護婦さんの制服もよいですね。とてもやわらかでやさしい感じ。
 - 言葉づかい:この時代の映画特有の台詞はあくまでも台詞というのもあるからだとは思うのですけれど、いまはきかれないいろいろがありますね。やや文語的なような表現なども。あとは、関係による言葉のレベルみたいなものですね。敬語のほか、丁寧語がきちんと日常的にある程度したしい間柄でも使われていたという時代。そんな中に、軽いタッチがちゃんと入るのがまたよいのです。娘・敏子が、「ママちゃん」とよぶのも印象的。もちろん、すこしモダンなというのもありますが、やっぱりいつも母子いつもいっしょにすごすのではなく、たまにしかあえない間柄なども呼びかたひとつにもあるのかなぁと。とにかく、「ママちゃん」が好きで好きでしかたないトシちゃん。五歳なのですからそれはそうです。

[お気に入りシーン]
 - 祝賀会シーン:婦長は琵琶が得意。看護婦、皆、芸達者である。
 - 祝賀会シーン:高石かつ枝独唱によるドリゴの『セレナーデ』を看護婦リーダー的な司会・峰沢が紹介。これ、かなりきました、わたしとしては!「高石かつ枝さんの独唱をおとどけします。演奏は、近衛秀麿指揮による新交響楽団、と申し上げたいところですが、無伴奏でおとどけします」(細かい部分は台詞そのものではないかもですけど内容がこんな感じで)…「近衛秀麿指揮による新交響楽団」とはなんとも、まさに、この当時的ではないですか!(もちろんそうではなくなのですけど)これには、ちょっとまいってしまいました(わたし、ただ単に、近衛秀麿好きだったりするのでというのもあるのですが、とてもとても、時代な要素。堀内敬三氏との交流なんかもありますね)。ここで浩三先生(上原謙)が「ではぼくが演奏しましょう」というようなで。たしかにロマンチックな展開でもあります。

 

[ロケ地または設定]
 - 上野公園:はじまりのかつ枝と娘・敏子のシーンは、上野公園の噴水、藤棚(このとき食べているチョコレートは森永でした)
 - 谷中・えいほう寺:台詞の中でなので漢字はわからないのですが、恋人同士がいっしょにふれたら困難をのりこえてもいつかいっしょになれるという「愛染かつら」はストーリーの大事な要素。どこが本当のモデル地かというのは諸説あるようですが、原作者である川口松太郎は、谷中の自性院をもとにしたとも。実際に台詞でもたしかに「谷中の」とあり。江戸時代中期頃から別名を俗に愛染寺といわれていたという、愛染明王のあるお寺
 - 神田:津村病院(特にロケではありませんが、設定で)
 - 麹町:津村宅(特にロケではありませんが、設定で。麹町にまだ邸宅があった時代ということがつくづくです)
 - 新橋:京都往きの汽車はまだ当時は新橋ですね。駅の雰囲気がとてもよいです。アナウンスも。
 - 横浜港:許婚的である未知子(桑野道子)の帰国、旅立ちのシーン。出航の合図が銅鑼なことがとても印象的。
 - 熱海:映画ではゴルフシーンでロケ。浩三の友人の医院が熱海なことがストーリーにも絡みますが、これはセットかな
 - そのほか浜町、山王などもかつ枝の住まいの設定となっている。

[エピソードその他]
 - 「『婦人倶楽部』に連載していた『愛染かつら』の映画化が決まった時、原作者の川口松太郎はこの作品を書く上で西條の『母の愛』という詩からヒントを得たことから、西條が映画の主題歌を手掛けることを要望した」(Wikipedia:愛染かつら
 - デュエットの霧島昇とミス・コロンビアこと松原操が結婚。

(投稿:日本 2012年5月18日、ハワイ 5月17日)

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